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Vol.29【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

大企業病を起業家精神で吹き飛ばせ

(企業家倶楽部2012年12月号掲載)

敗戦からの復興に組織の金魚鉢化
 20世紀後半の日本人は、第二次世界大戦に敗北し、敗戦国からの復活を期して、ことさら平和な組織に日本人すべてが帰属しているかのような、組織人のふりをすることで国際社会への復帰を目指してきた。そうでなければ、東京裁判で大戦を戦った日本軍を裁かれた日本人が、国際社会を胸を張って歩くことはとてもできる心境にはなかった。農地解放された農村は組織化され農協になったし、GHQによって財閥解体された大企業は業界団体を形成し、官僚と大銀行が組織を牛耳った。日本人は、日本軍とは異なる、平和の組織という金魚鉢に守られてはじめて、国際社会に復帰できるように思われた。

 たまたま、円安と朝鮮動乱によって20世紀中ごろ高度成長した日本経済の中で、都市部の工業化で発展する大企業に勤める労働者サラリーマンは、戦後の人権運動によって強化された終身雇用と労働基準法に守られ、官庁か大企業に勤めれば、一生安泰という時代が続いた。これが組織人必勝神話の輪をかけた。当時まだ労働組合と共産党の活動は、米ソ二大大国の勝負がついておらず、東西の対立の中で極東の地にあって、日本は生きるすべを模索せざるを得なかった。外交では日米安保の傘の下、資本主義がメインバンク体制の下で組織化されていく一方で、官僚の元、人権運動に勢いを得て労働者が組織化され、保険も整備された。経済は高度成長で右肩上がり、日本は世界第二位の経済大国にのしあがり、金魚鉢の金魚である大企業サラリーマンの生活は向上を続けた。

学生運動の終わりと円安から円高へ

 結局、東西冷戦構造の矛盾の中で大学紛争に敗れた大学生は、リクルートスーツに身を包み、長髪を切って、大企業にわれ先にと就職した。小中高校生は、受験勉強に精を出して、ペーパーテストの偏差値の高い学校をめざし、学校の先生は教育委員会の下で、カリキュラムを平等に教育して、組織人に順応する金魚教育をしてきた。いわゆる受験地獄が問題となった。

 円安で成長した日本の製造業は、莫大な貿易経済収支の黒字(1969年より黒字化)を生み出し、ブレトン・ウッズ体制の終焉(1971年)とともに円安体制の終結と、1985年プラザ合意を経て、1989年日米構造協議に至る。1989年は東西冷戦の終了を告げるベルリンの壁崩壊の年だから、日本にとっても世界にとっても重大な転機だった。また、あとから思えばそれが日本のバブルの頂上のサインだった。

 その後、円安は政策通りに是正され、円高によって日本の輸出産業は大打撃を受け、製造業の空洞化が進み、中国台湾をはじめとする発展途上国の成長へとつながっていくことになる。

日米構造協議による組織硬直化

 1989年日米構造協議の日本へのアメリカの要求を復習しておくと、次のとおりである。

1.貯蓄・投資パターン

←公共投資拡大のため、今後10年間の投資総額として430兆円を計上(村山内閣で200兆円積み増して、結局630兆円)

2.土地利用

←土地の有効活用のため、土地税制の見直し

3.流通

←大規模小売店舗法の規制緩和

4.排他的取引慣行

←独占禁止法厳正化と公正取引委員会役割強化

5.系列

←企業の情報開示を改善

6.価格メカニズム

←消費者産業界に対する内外価格差の実態周知それに対し、アメリカ側への要求は以下の通りだから、笑ってしまう。

 1. 貯蓄・投資パターン

 ←財政均衡法の目標達成年次をくりのべても赤字解消に努力

 ←税制上の措置による貯蓄や投資の奨励

 2. 企業の投資活動と生産力

 ←海外からの投資に対する開放を維持

 3. 企業ビヘイビア

 ←過大な役員報酬の抑制

 4. 政府規制

 ←輸出規制の撤廃

 5. R&D(研究・開発)・科学技術

 ←研究開発の強化およびメートル法の採用促進

 6. 輸出振興

 ←輸出振興策に予算を計上

 7. 労働力の訓練・教育

 ←高校の数学、理科の学力向上をはかる

 日米構造協議という名称は、一見相互の構造協議みたいな名前であるが、内容から見て、明らかに一方的に日本経済へ要求を突き付け、前向きなものもあるが、公共投資を激増させるなど、経済構造や日本の国家財政を悪化させる出発点となったように見えてしまう。

 特に産業界では、郊外型流通ベンチャーが生まれたプラス点もある代わりに、情報開示や系列取引排除など、企業活動を巡る規制が強化され、自由で創造的な日本企業の事業活動が硬直的になってしまった面は否めない。学生運動を止めて就職し、大企業組織の金魚鉢に順応した多くの組織人の日本人たちを襲った日米構造協議によって、非常に窮屈なルールを組織人たちに強いることになった。日本はあっという間に組織は大企業病になり、そこで働いているサラリーマンから野生の力を奪い去って行った。そして、うつ病や自殺が増えた。

組織に飼い慣らされた日本人

 この組織人に適応し過ぎた日本人が、日本中に溢れてどうなったか?本音(本能)とは違っていても、組織のルールを守っていれば、全体がうまくいっているはずだ、という間違った感覚を日本人全員が持つようになった。ある意味、日本人全員が「金魚鉢に守られた金魚の魚群」になってしまったのだ。大組織は、本来七つの海を、自由闊達に泳ぐ野生の魚が持っているべき、多くの機能を組織分業の中で分担し、与えられた機能以外の機能を果たしてはならない「職務権限規程」を設けている。つまり、金魚はやって良い事といけない事を職務上禁止されている。例えば、財務部でもないのに、勝手に会社の金庫を営業マンが開けてはいけないし、隣の部署の仕事に如何に関心があり、能力があろうとも、手を出してはならないことになっているのだ。

 かくして、21世紀、東西冷戦構造が崩壊し、新しいグローバルな世界環境が訪れ、変化の時代で、円安時代も終了した今日、19世紀から20世紀の前半に日本中にいた、野性的な七つの海をまたにかけて活躍しようとする日本人の復活が、求められている。にもかかわらず、現在の日本のリーダーたちは、金魚鉢の中でエリートとして出世した優秀な金魚また金魚である。金魚は自ら組織のルールに魂を売ることで、責任を金魚鉢のせいにし、定期的に得られる餌を待ち、尻尾をひらひらさせながら、ゆったりと惰眠をむさぼっている。東京電力だけでなく。

七つの海に漕ぎ出せ

 私は、21世紀となった今こそ、金魚鉢を割り、自ら七つの海に泳ぎだし、苦い塩水を飲み、大魚に追い掛け回され、嵐や津波を生き延び、堂々と大海を泳げる日本人が、一人でも多く出現することを期待して仕事をしている。野生の魚は分業ではなく、すべての他者の価値観を理解しようと観察し、行動を重視し、直観を上手に使って状況判断をする。野生の魚になるためには、分業されていた金魚鉢の、分断されていた機能や価値観を、自らの生き方の中に再統合しなければならない。

 野生の魚となる生き方、それこそが求められるまさに起業家の生き方だと言いたい。つまり、起業家道こそが日本病脱出の鍵である。いわんや、組織人活動をより精緻に高度化すれば起業活動につながる、と誤解をしている20世紀型組織人社会をいまだに信じている政治家や役人や教育者は、市場から退場を求められている。故スティーブジョブズが言った「Stay hungry, stay foolish」の私なりの解釈である。

起業家精神が日本病脱出の鍵

 実際に現場で起業活動、および起業支援ベンチャーキャピタリスト活動を通じて、起業には十の異なる価値観のストーリーが関係していると思う。

1.人生観

 起業家というある意味自由な生き方を選択した以上、すべての生き方は、自分で選んで生きないといけない。家庭、結婚、年齢、健康、宗教、経済生活、社会貢献活動、趣味、などなど、金の使い方、引退、時間の使い方を含めて、全て起業家としての人生と現実的にプラスにもマイナスにも関係する。

2.起業家人生

 起業家は会社を興し、未来の事業を起こして軌道に乗せようとする。ここに記した十の異なる価値観を統合して「未来イメージ」を心に築き、それを実現させようとするのだから、普通ではない集中力と根性を持っていると言われる。

3.社員、スタッフ

 起業家に引っ張られた社員は、創業メンバーであることもあるが、ほとんどは雇用された立場をもつ。労働基準法など法律が保護し、職業選択の自由もある。徹夜してでも製品を完成させようとする立場は、労基法違反であり、時に利害対立する。

4.仕入加工協力者

 ベンチャーの商品を、納期までに出荷できるようにする周囲の協力企業者である。場合によっては、ともに協力し、起業家と価値観を分かち合っているかもしれない。悪くするとなれ合う。

5.商品顧客

 顧客の未来の価値観を商品で具現する、創造的な経営の立場。顧客に満足をもたらしてはじめて経営の存在理由がある。最も重要である。

6.経済社会、政府

 事業実現によってマクロ経済社会が豊かになっているかどうか、特に政府が良し悪しを政策的に評価し、課税したり補助金を出したりしている。

7.財務分析

 財務的見地から、経営活動を評価する立場。

8.融資銀行

 銀行から見た企業の良しあし。

9.産業史

 歴史的立場から、起業活動を評価する立場。

10.エクイティ、株主総会

 証券市場や、株主の立場、株主総会から会社を評価する。銀行の立場と矛盾もある。

 以上の十の立場はそれぞれに価値観が矛盾し、起業活動の中で衝突している。だからこそ起業家の役割は重要だ。企業として事業に成功をもたらすためには、狂気とも言われる集中力をもって、十の異なる価値観とストーリーを、一つの企業の事業へと統合しなければならない。

 逆に言うと、過去日本において統合されてきた起業家精神が、戦後の経緯で破壊され、分裂してきたともいえ、もう一度起業家によって再統合を図らねばならない。これが、戦後の日本病の構図であり、再統合を試みる起業家活動の活発化こそが、日本病脱却の処方箋である。また、その一翼をベンチャーキャピタリストの活動が担っているのは明らかである。

著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。

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