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Vol.34【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

過去の「起業政策」の誤りを正し安倍政権がすべきこと

(企業家倶楽部2013年10月号掲載)

 フロンティア成長に必要な二つ

 どんな時代も、社会が同じところに留まることは無く、常に新しい大きな変化が起こっている。それをフロンティア領域と呼ぼう。では新しい産業の波頭は、すなわちフロンティアの経済成長は何によってもたらされるのか。日本の成長戦略に必要なことは次の二つである。

 第一は、新技術やバリューチェーンの変化による、「商品の供給構造のイノベーション」によってもたらされる。それが世の中に「新しい商品サービスや、信じられないような低価格化」を実現する。19世紀には産業革命によって、内燃機関が進歩する事で、自動車というお化け商品が登場し、巨大な自動車産業が誕生した。20世紀には、電力供給の普及によって、テレビが生まれた。さらに20世紀後半、シリコン革命によって演算装置(CPU)が開発されて、コンピュータが生み出され、そこからIT産業が生まれた。

 ただ、消費されない商品は、所詮絶滅種として経済社会から姿を消す運命にあるので、もう一つの重要な要素として、「新しい消費者の登場」が具現しなければならない。大正時代に、車に乗る新しモノ好きの人や、戦争のトラック需要が自動車産業を勢いづかせ、大きいものにした。また、戦後アメリカにおいて、ミサイルの弾道計算のためにコンピュータは開発され、1970年代、最初にコンピュータボードに飛びつく「オタク」の消費がなかったら、アップルなどパソコン産業は生まれなかっただろう。

「新しモノ好き」は常に少数派

 新しいものは、常に「新しモノ好き」の人々によって生み出される。エジソンは、子供の頃、小学校で「なぜなぜ」を連発して先生を困らせ、小学校を中退した。1+1で、二つの粘土を足すと一つになると主張したり、Aをなぜピーと発音してはいけないのか、理由を聞いたり、先生を困らせたという。常識にとらわれない、つまり、変わり者である。そもそも教育というものは、既存の組織に従順な好ましい社会人を、訓練して作り出そうと努力する。創造性教育などと言っても、所詮組織のパラダイムの中の狭い意味での創造性である。

 本当の創造は、人間社会の中に無いものがゼロから、本当に新しく生まれることを指す。経営の世界では、これまで商品として売られてなかった新しい商品やサービス、または、これまで使われなかった使われ方で新たに消費者が生まれるか、どちらかである。すでに売られ、かつ使われているものは、「新しい」とは言わない。だから、大企業が新規事業で始めます、という「新しい」とは、その大企業が初めて取り組むことを意味する組織上の新しさ(新規参入)であって、社会の中では新しくないことが多く、社会のフロンティアではない。

 ただ、新しい使われ方で新しく消費者が生まれるiPad、iTunes、iPhoneのような創造的な新しさもある。もともとMP3プレイヤーなど、すでにアジア勢が商品化し、あったものを全く新しい事業として根本的に見直した成果である。これは「事業を新しく定義し直す」という創造性である。 いずれにせよ、創造的な新しい商品を最初に提供する供給者や消費者は、つねに既存の組織社会からすれば、少数派の変わり者、場合によっては変人である。事業に成功した場合には、この「新しモノ好き」の変人が、後の時代からすると、フロンティアの開拓者としてヒーロー扱いされることとなる。スティーブジョブズやザッカーバーグに先見性があった、などと言われることも多いが、その当時は間違いなく少数派だったのだ。

シリコンバレーの真似大企業では無理

 時の政府は、常に選挙を意識して、時の大企業や、影響力のある中小企業にゴマをすった産業政策を優先させてしまうものだ。だから、少数派の変わり者が始めた創業ベンチャー政策など、力を入れる政治家は日本で見たことがない。私も何度か政治家や政府の官僚と話をしたことがあるが、皆選挙には関係ないような、しかももしその政策が成功したら、格差社会を是正するどころか、格差が広がって選挙に負ける、みたいな顔をした。「村口さん、何とか皆でシリコンバレーと同じような創造的なことが、大企業と組んで、組織的にできませんか?その方が、大規模で、良くないですか?」

 ただ、考えても見てほしいが、世界がこれだけ変化していく中で、フロンティアで成功する過程は、少数派の変わった人間たちがゼロからの新事業を立ち上げていく、狂人的な人間の集合体による集中的な作業を5年以上に渡って行なう作業の塊である。大企業組織では、無理であり、不合理だ。

 第一に、大企業組織の中で、どうやって新事業を合議制・稟議制の意思決定としてスタートすればよいのだろうか。真の新規事業が少数派によって成されることは述べた。少数派は、合議制による意思決定プロセスに決定的に弱いから、まずこの新規事業は組織で採択されない。しかも、変人が立ち上げている新事業となれば、もっと難しい。

 第二の理由は、事業の立ち上げに5年以上も赤字が伴うような事業を、5年以上組織の中で、情熱的に継続できない。大組織は健全性を維持するために適度な人事異動を求めるからだ。つまり、大企業組織では、本当の意味でフロンティアの新しい事業を立ち上げるのに、時間不足に陥ることが多い。

 第三に、既存の大企業には、そもそもの事業目的が、定款で株主総会の決議を経て決められている。本当に社会的に新しいフロンティアの事業が、まだ世の中で成功例がないため、その大企業の定款に目的として、予め定められていることはあり得ない。つまり、フロンティアの新規創業事業は、その大企業の過去の事業定義を、革命的に見直すことでもしない限り、是認されるものでなく、そもそも自己矛盾をはらんでいる。歴史でたとえれば、あり得ない事だが、幕末において、「村口さん、江戸幕府が、明治維新を実行すれば、戦争が起こらないで一番いい事だ。」と言っているようなものなのだ。それはそうだろうが、江戸幕府に明治維新のような大改革は無理だったろう。無理やり事態の辻褄合わせをして、実現出来ないできたのが今の日本ではないか。

 一方、ソニーもベンチャーだ、ベンチャー精神を取り戻せ、という意見があるのも事実である。しかし、今のソニーは、過去の起業ベンチャーだったソニーとは違う。創業者は既におらず、現在は、立派な大組織となっている。いったん大組織となった企業(選挙で力を持つ経団連など)を、ベンチャーとして新しく再生出来た話を、私は知らない。日本航空も、破綻して初めて、労働組合が経営に協力した。大企業もリーダーシップがあれば、ベンチャーと同じ新規事業が出来る、というのは幻想に過ぎない。

日本の経済政策の誤り

 世界各国の為政者は、起業フロンティア経済政策が、極めて重要であることをすでに知っている。中国は、国営企業を再生する道ではなく、新規上場市場を整備して、幾多の起業家の活動を後押しし、IT革命を国家規模で実現し、高度経済成長を実現した。それが中国の経済発展をけん引している。その中国の企業社会の創造と発展を、世界のすべての国が注目しているのだ。今や、スマホの世界で中国が遅れていると思っている人はいない。世界で最も起業家のヒーローを生み出している国は、データを見る限り、まぎれもなく中国なのである。

 その間、日本はどういう道をたどったか。小泉改革を批判し、徹底的な管理計画経済を推進した。2006年にホリエモンを逮捕して、企業社会のコンプライアンスをことさら強化した。その中でキレイゴト政権の民主党政権が誕生した。マスコミは絶えず中国社会の格差と矛盾をあばこうとし、日本は法治国家でルールをちゃんと守っていることを、強調した。日本では振り込め詐欺が横行し、未上場詐欺が行なえないように、起業活動の詐欺的行為の規制ばかりに注意が行っていた。ベンチャーで当時人気のあったホリエモン一派など、その関係として疑われた株主が一株でも株を持っているベンチャーは、すべて上場禁止とされた(魔女狩りと言われた)。

 その結果がどうだろう。2007年から5年間、日本の上場企業数は、第一生命や大塚製薬の上場を数に入れても、50社未満の状態が延々と続き、日本は上場IPO弱小国となった。日本のベンチャー企業や資金支援してきたベンチャーキャピタル業界が、回収できないものだから、この5年間ですっかり成績を悪化させ、弱体化し、衰退させた。起業家活動を抑制できたことで、当時の民主党政権は格差社会が縮んだとでも思っていたのかもしれない。

 一方で、フロンティアをどんどん切り拓き、好業績をあげたのが、中国だった。この5年間、日本の起業社会は本当に弱くなってしまった。世界から見て、明らかに日本経済は、起業活動を封じ込めたフロンティアで活力のない国に成り下がり、日本は世界で影響力を落とし、注目されなくなった。

安倍政権がなすべき「起業経済政策」十カ条

 この日本政府の明らかな経済政策の誤りを、認め、修正することが、成長戦略の柱であるべきだ。そのための新しい「起業経済政策」を明らかにしたい。

1.(成長戦略)「起業経済の本格的活発化」が、日本の成長戦略の第一の柱であることを、内外に明確にすること。

2.(起業経済)これまでの大企業や中小企業経済とは、起業経済はことなる範疇の政策であることを明確にし、区別し、政策を混同しないこと。

3.(無名の起業家)起業経済は、若く、無名の起業家が、主体的に担うこと。起業家を支援する団体の活動を促進すること。

4.(独立ベンチャー企業)フロンティアの新事業の立ち上げは、起業家精神にあふれた、起業家に率いられた新規の独立ベンチャー企業が積極的に担うこと。また政府は、ベンチャー企業による経営が円滑に行えるよう、活動の自由を確保するため、規制の撤廃や、市場の優先的開放を図ること。

5.(未知のフロンティア事業)ベンチャー企業が挑戦するITやバイオ、環境など様々な分野のフロンティアの新事業は、商品の開発、顧客の開発ともに未知であり、顧客の試用を通じた試行錯誤を本質とする。その重要な学習作業を、政府としてできる限り支援すること。特に、国家予算で購入できるベンチャー企業の商品サービスを積極的に試用すること。

6.(独立ベンチャー企業の株式上場)無名の起業家に率いられた新規の独立ベンチャー企業による、未知のフロンティア事業への挑戦と、開拓を後押しする為、また後押ししていたベンチャーキャピタルがその回収を円滑に行う為、新規株式上場を恒常的に活性化すること。

7.(独立ベンチャーキャピタリスト)21世紀の世界経済において、ベンチャー企業を資本的に支えるベンチャーキャピタリストの優劣が国家経済の盛衰を決するとの認識に立って、彼らの自由かつ、独立的な活動を、質量ともに振興すること。

8.(ベンチャーキャピタル投資)ベンチャーキャピタリストが運用する資金であるベンチャーキャピタル投資が活発化するように、リスキーだと運用が縮こまらないよう、政府として最大限側面支援する。また、ベンチャーキャピタル投資資金の受け皿となるべきファンドが、金融商品取引法などにより規制で動けなくなるような構造を修正すること。

9.(エンジェル投資)ベンチャー企業の資金支援先の有力な一つとしてのエンジェル投資家による投資を、投資する側の目線に立って、積極的に促進する。特に、極めて使いづらい過去のエンジェル税制の失敗を反省し、修正すること。

10.(起業教育)義務教育において、国民経済が、起業家による企業の誕生と、その企業活動によってフロンティア分野が歴史的に切り拓かれてきた事実と、起業経済活動を知ることで、国民が自立し、経済的にたくましく主体的に生きがいを持って元気に生きていけるよう、教育すること。

 ねじれ国会が修正された今日、政府は、世界から注目される、まともな成長戦略としての「起業経済政策」を示す時である。これこそが、実は世界が期待している成長戦略なのだ。(それ以外はすべて失望されるだろう。)


著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。 投資先にはDeNAの他、ウォーターダイレクト社が3月15日東証マザーズに上場。 

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