MAGAZINE マガジン

Vol.44【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

ベンチャー成長戦略の全体図

(企業家倶楽部2015年8月号掲載)

時代を変える技術フロンティア

 時代の変化は留まるところを知らない。十年一昔と言うが、三十年前に誰も持っていなかった携帯電話が、無線通信回線の普及とコストダウンにより、二十年前には持つことが当たり前になり、十年前にはインターネットを操作できるのが当たり前となり、今日ではスマホと呼ばれるようになって画面を触って操作するのが当たり前となっている。
 
 18~19世紀、産業革命で新しく生まれた技術によってエンジンが生まれ、鉄と動力によって造船や紡績業が盛んとなり、工場での機械加工による商品の大量生産を可能にした。また、20世紀のIT革命は、新しい半導体回路技術によって、大規模なスイッチの集合体による計算を可能にし、ムーアの法則によって値段も下がり、ネットにつながれた膨大な数のコンピュータ(スマホなど)とストレージで、人類の生活は毎日がお祭りみたいになった。また、遺伝子解析などバイオ技術進歩によって、医療が発展し、人間の寿命が延び続けている。つまり「技術イノベーションが新しいフロンティアの商品の供給を可能にすることで、時代が変化する」ことは歴史の必然と言っていいだろう。

 ただしこの段階には、技術が商品にまでならない、という大きなリスクが存在することを忘れてはならない。科学が発展し、技術が進歩しても、商品にはならないものはいくらでもある。科学論文としてはふさわしくても、商品として成立させるには、量産、材料、品質の問題があり、結局それはコストに跳ね返って来て、実用化の道を阻んでいる。技術が商品化されるためには、安いコストで商品を生産できる時代の状況が整う必要があるのだ。

 この段階で、必要なものは競争ではなくて協力しかない。誰もちゃんとした商品やサービスになるなんて思っていないから、商品になると思った人は周りの保守的な人から見るとマッドサイエンティストか、凄い変わり者か、はたまた危ない人か無謀な人に見える。だから、競争以前に一人でも多く「協力してくれる人」が必要なのだ。材料の仕入先や、外注先や、事務所や作業場の場所を提供してくれる人など、有り難い。親などは、変わり者だと世間から言われる子供を信じてくれる有り難い存在だ。まさにそういう存在がエンジェル投資家やシードVCである。応援する側も、この段階で応援しても本当に商品にならないリスクを負わなければならないから、投資した側が、ずっと周りから無謀な投資家扱いを受けるリスクがあり、とても大変である。

商品化段階を国や大組織で投資難しい

 この段階を、国や大企業などの大組織が支援をするという話があるが、大組織にはコンプライアンスとガバナンスが効いていて人事異動があるから、立ち上がりのリスクが大きすぎて、誰もわざわざ失敗の責任をとれない。ならばと、大組織が責任の所在を引退前の歳の行った人に持っていき「歳の行った俺が責任をとればいいんだろう」みたいな判断で投資しても、所詮近々引退するわけだから、それはそれで投資を受けた側も、長期的には本当は組織内で有耶無耶になり、返さなくていいだろう、みたいな話になりかねず、モラルハザードが発生する危険性が高い。政府や大企業の長期の投資は一般に十年単位で見るとマネージメントし切れない。

 問題の本質は、リスクの取れるお金が少ないことなのではなくて、長期に無謀な投資だと言われ続けることに耐えられる意思決定ができる経済主体(エンジェルや独立VC)を社会の中で育てることである。それは組織ではなくて、ベンチャーキャピタリス個人など、独自の判断で長期に関与するしか、起業家を育てる早道はない。創業の長期的な苦難の景色は、まさに人対人なのである。子供にとって親の代わりを国が出来ないのと同じである。

 さて、新しい商品が生まれただけでは事業にならない。同時に社会生活の中では、新しい人類の需要(市場)を生み出す歴史が創造され続けているのだ。社会の中で、旧式の生活をする旧世代の人たちから、新しい生活を楽しむ若い世代の人たちに流行も変わっていく。技術による新たな供給方法と、それを消費する需要が両方生まれて初めて、事業がビジネスモデルとして実現し、新しい産業が生まれてくる。産業革命以降、繊維産業、造船業、自動車産業、電器産業、情報産業が生まれて来たように、だ。

 ただ新しい技術や商品があれば、何もしなくても、人々から自動的に需要が生まれるわけではなく、消費者に対する販売促進活動が行われて初めて潜在需要が顕在化する。つまり、試用してもらう時期を設ける、ネットやテレビ広告など、新しい事業化への試行錯誤の挑戦が盛んに行われなければ、顧客の購買活動は盛り上がってこない。秋葉原で活動を開始したころのAKB48には観客がまばらだったという話は、まさに客がついておらず、潜在需要が盛り上がってくる前の状態だと言っていい。

事業が立ち上がらない言い訳

 最近のマーケティングの領域で「キャズムを超える」という。つまり、需要が喚起され、市場が立ち上がってこないリスクがここに立ちはだかっている。その困難を乗り越えるには、多大な努力と時間を要する。まず顧客候補50人にアポイントを取ってヒアリングを実行し仮説を積み上げ、初期ユーザーに購入してもらって使用感をフィードバックしてもらう。そこで顧客とは本当は誰で、何が必要か顧客についての学習を積み重ねる。これがAKB48の秋葉原下積時代だ。この段階は苦しいけど、次の飛躍の重要な学習時代となる。これをちゃんとやっておかないで成功した人はすぐに馬脚を現す。

 また、競争者が多すぎる場合も、限られた顧客の食い合いとなって誰も事業として成功しない、といわれる。だが競争が多いという説明は説得力がなく、本気で事業の立ち上げしようという努力を怠っている場合が多い。プライドを持った技術が独特で良い商品だと信じているものが売れない理由を、「競争や顧客の不理解」にもっていきたい気持ちはよくわかるが、正に血眼になって顧客を学習し、努力して肯定的に創造していかないと、事業は立ち上がらない。まずは顧客候補に対して、商品の無理解を批判しないで、真摯に商品を使って頂き、価値を感じて頂くよう、必死で販売努力をする事である。この努力と学習なく、事業が勝手に立ち上がるなどという奇跡は起こったためしがない。奇跡を受動的に待っている経営は、経営ではなくバクチだ。たまたま売れて利益が出ることもあるが、どこかでおかしくなる。一瞬利益が出て成功しているように見えるので「驕った経営」の状態となり、本人は実力で成功していると思いこんでいるだけ、修正が効かないことが多く、余計に事態は厄介である。

 本当の経営者は、自分の経営が顧客を学習するという本質的な作業の上に成り立っている実力か、たまたま業績が出ている状態か、常に自問自答している危機感とそれに基づく謙虚さを持っているものだ。本物のVC投資家も同様に、調子に乗る危機感を忘れず、事業が本当に立ち上がっているか、利益のみでなく本質を見ようと目を凝らしている。

被雇用者の出現と事業機会

 事業の立ち上がりに伴って、必要な作業が膨大に増加する。製造業であれば量産化が必要となり、材料の仕入れや加工、在庫や販売の問題が持ち上がり、解決しないと出荷が止まるという事態が発生する。そこに新しい雇用も必要となる。会社で整備した雇用契約と就業規則に基づいて、人が採用される。収入を得る多くの人が労働者(サラリーマン)が誕生する。また産業と言われるようになれば、何千人何万人という、相当数の被雇用者が働いているという事態となる。事業者は被雇用者に給料を払わなければならない。

 また、働いてもらうための事業組織も必要になる。業務フローが整備され、材料や外注先への発注の許可をする多くの意思決定をしなければならない。組織も意思決定のための階層が出来、部長権限や、執行役員権限で意思決定できるなど、意思決定権限が定められる。取締役会が定期的に運営され、経営の方向性と重要な意思決定事項が判断され、伝票を積算した決算書の承認もなされる。取締役は株主総会で選任されるので、株主名簿も事被重要である。事業の立ち上げマネージメントだけではなく、会社組織の経営も起業家には必要である。これが出来ないと会社は上場できない。

 さて、事業機会は連鎖して生まれている。経済社会全体としては、この労働者たちが得た所得があるからこそ、彼らが商品を購入する大量の消費者ともなっている。その人たちが働く都市も出来るだろうし、交通機関も整備されるだろう。結婚をして子供も授かるだろう。人口規模の予測と年齢構成が、消費動向を予測する基礎になる。人が暮らすには衣食住の生活環境も必要だし、病気もするだろう。通信も教育機関も必要だ。自動車にも乗るし電気の需要を満たす発電所も必要だろう。

 これらがすべて社会全体としては事業機会となっており、連鎖している。全体の経済活動によって、それぞれの産業の事業規模がある程度決まってくる。産業の規模以上に会社の規模が大きくなることはないから、自分の会社が、どの程度の事業規模になるのか、起業家が経済学的な情報に関心を持っている理由もまさにそこにある。

金融や政府活動との関連

 さらに、これらの事業活動がお金を通じて営まれることから、金融サービスも必要となる。起業家が事業を開始するにあたって、預金口座の開設や決済作業が必要だ。リースやレンタルを顧客は使うかもしれない。カードを使って決済するかもしれない。海外から仕入れれば海外送金も必要になろう。

 会計的に集計された会社の利益や個人の所得には、選挙で選ばれた議員たちが決めた法律によって税金がかけられるだろうし、資産にも固定資産税など課税されるのが普通だ。これらの税の歳入から政府の活動が支えられており、その歳入規模から政府の歳出規模がおのずと決まってくる。政府の活動に関係する事業も国の中にたくさんあるから、起業家としても一応の知識は必要である。

 一方政府は、良くも悪くも産業に規制をする。自由にすべきと言う考え方と、規制すべきという考え方が、絶えず世界では議論になっている。起業家が会社を登記すると、その目的によって、法律で規制されていることが多い。たとえば銀行や軍需産業を起業家がゼロから始めようとすると、金融庁や防衛庁に届け出などの法的手続きが必要となるだろうから、下調べが必要になる。

起業家の挑戦

 さて、以上の経済活動が時代の変化の中で実現するには、最初にゼロから実現しようとした誰かの活動があったからに違いない。目の前にある経済活動の現実は、宇宙の中で元々あったものではない。間違いなく、歴史の中でその未知のフロンティア分野において、技術を商品にする冒険活動を実現する起業家たちの挑戦と試行錯誤が、成功結果の何倍、何千倍も行われてきた。全部の挑戦が一発で試行錯誤を経ないで成功するなどあり得ないからだ。

 時代の中でその技術と、商品と、需要とのギャップを最適化させる困難を乗り越えたスターが生まれてきた。半導体のイノベーションで個人向けのホームパソコンであるマッキントッシュを生み出したアップルコンピュータのスティーブジョブズがあまりに有名だ。アップルも上場IPOの成功によって、証券市場にデビューした。スティーブジョブズは若くして成功者ともてはやされた。その時代時代の証券市場での注目企業も、経営の成功不成功によって株価の乱高下を伴って、入れ替わりが激しい。

 成功企業となった新規上場会社のオーナーは、リスクをとった代償として巨万の富を実現する。今でも毎月のように経済的に大成功できた起業家が、世界中で毎年生まれている。この起業家が生み出した富が、さらに次のスタートアップの資本の供給源となる。それを投資組合(パートナーシップ)にしたものを、VC(ベンチャーキャピタル)と呼んでいるのだ。

 以上が「ベンチャー成長戦略の全体図」であり、どの要素が欠けても経済の成長はうすっぺらなものになる。この長期的因果関係を無視したベンチャー政策は、無意味である。

著者略歴 

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代 表 村口和孝《むらぐち かずたか》

1958年徳島生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。84年現ジャフコ入社。98年独立し、日本初の投資事業有限責任組合を設立。07年慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。社会貢献活動で青少年起業体験プログラムを品川女子学院等で実施。投資先にはDeNAの他、ウォーターダイレクト社が13年3月15日東証マザーズに上場。 

一覧を見る