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Vol48.【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

ファーストペンギン育成戦略論アスリート、芸術家、起業家の共通点

(企業家倶楽部2016年4月号掲載)

「あさが来た」五代友厚

 最近、NHK朝ドラ「あさが来た」が面白いという起業家の知り合いが多い。新しい明治の時代の激変の中で、江戸時代の大阪の両替屋稼業を、逞しく対応していく、女性起業家(あさ:モデル広岡浅子)を描いた痛快なドラマである。九州に炭鉱経営に乗り出したり、銀行を始めたり、女性社員を積極登用したり。工夫の離反や、会社(カンパニー)設立、お金を貸し・借りる難しさ、取引の信用、冷静な取引判断、先々の時代の見方と挑戦、試行錯誤など、身近な話が連続して、起業家にはハラハラ身につまされる話が多い。よほど、脚本家が事業経営の現場を研究して書いているとみえる。

 さて、そのあさの前に現れるイケメン洋行帰りが、五代友厚である。五代は、大阪の明治の産業革命をプロデュースした薩摩出身の英雄である。功績では東の渋沢栄一と並び、「大阪マンチェスター計画」を構想して、大阪経済を大発展させたという。商工会議所や大阪証券取引所も作った。その五代が、物語の中で、炭鉱経営に乗り出し、ピストルを懐に現地に乗り込んで行った、あさのことを、物語の中で「ファーストペンギン」と称したのだ。

ファーストペンギン

 皆さんも知っているペンギンは、非常にデリケートで、集団で行動する性格を持った飛べない鳥である。そのペンギンの何百羽という大集団が、海に差し掛かり、海に飛び込まなければならなくなったとき、どうするのだろうか?想像してほしい。そこで最初に氷山の上から下の海に、ドボンと飛び込む、勇敢な一匹目のペンギンが、「ファーストペンギン」である。ファーストペンギンは、氷山から未来をよく観察しはするものの、確実ではない状況にその都度試行錯誤で対応し、見事に成功を勝ち取ろうとする。当然、群れの中でも知力体力胆力ともに優れたペンギンである。場合によってはシャチの餌食となるかもしれず、海中の様子もわからず、危険極まりない。何たって先行者がいないから、情報が不足しているのだ。血まみれになるかもしれない。勇敢な一匹のファーストペンギンの決断と行動と試行錯誤によって、群れ全体に情報がもたらされ、より安全確実な組織的活動がセカンドペンギンたちによって実現される。

 であるから、ファーストペンギンの活動はペンギン集団にとっては、極めてまれな、しかし集団の維持発展にとっては、必要欠くべからざる重要な役回りと言わねばならない。

人間社会のファーストペンギン

 これは、人間社会においても同じであって、経済社会の中における数は少ないが非常に重要な役割である、フロンティア領域のファーストペンギンこそ、起業家である。人間集団全員がファーストペンギンである必要はないが、ファーストペンギンである起業家を社会の中で大切な役割として育成していかないと、社会全体が新しい先進世界からおいて行かれ、衰退してしまうことになる。

 最高学府での教育目的は、セカンドペンギン教育でなく、ファーストペンギン教育でなければならないのも自明であり、慶應義塾大学創設者の福沢諭吉先生の「独立自尊」精神などは、まさに、そのことを言っている。答えのないフロンティアの意思決定が出来るためには、自らが立場を自覚し、覚悟し、 自らの直感を研ぎ澄ませ、決意し、行動し、仮説を試行錯誤し、失敗に何回もぶつかっては乗り越えていく人間になければならない。

 なお、ファーストペンギンの人生は、みんなが飛び込まない判断をしている中で、自分だけ飛び込む判断をするから、周りからは変人扱いされるし、とても孤独な立場である。彼らが欲しいのは、競争者ではなく、協力者であるが、ファーストであるがゆえになかなか集められない。起業家が孤独で、協力者を求め、出会った人とコミュニケーションに格闘するのは、まさにそういう理由による。最近の言葉では、キャズムを超える前の事業立ち上げ段階の試行錯誤は、孤独な作業であり、初期段階の取引提携先の協力が不可欠である、という表現になろう。ファーストペンギンには、協力がすべてだ。

セカンドペンギン

 群れを作るペンギンの世界では、ファーストペンギンが飛び込まないと、セカンドペンギンたちは、いつまでも氷山の上にじっとしたままらしい。ファーストペンギンとは生き方が全く異なる。セカンドペンギンたちは、お互いの顔を見合いながら、自分からは進んで海に飛び込まない。一番最初の誰もやったことのない仕事は、基本的に危ないから、しないのである。お互いをけん制しあっていて、ファーストペンギンが飛び込むのを待って、みんなで一緒に、我先にと競争しながら、海に飛び込んでいく。

 人間社会も同じである。セカンドペンギンは組織人のエリートたちで、有名大学を出て、セカンドペンギンの就職先を先を争って、椅子取りゲームをやってきた。同期や上下の先輩後輩と、常に出世競争を繰り広げている。みんな一緒に安全に過ごす、というのがセカンドペンギンの行動習性である。ファーストペンギンが孤独で、協力姿勢であるのと逆さまで、セカンドペンギンは皆一緒原則で、お互いにけん制し合い、競争している。

ファーストペンギンはどう見えるか

 お互いの行儀の良さを相対的な基準にしてけん制し合っているセカンドペンギンから見ると、ファーストペンギンは、どう見えるのだろうか?無謀、常識はずれ、大胆、ワイルド、規律無視、元気、創造的、身勝手、変人、狂人、宇宙人、礼儀知らず、のように見える。それはまるで、整理整頓した部屋の中を、猫が走り回ってめちゃくちゃにして、部屋を乱すようなものである。走る猫にとっては理由があってそうしているのであって、部屋をめちゃくちゃにしようとしているのではない。しかし、部屋を片付けるのを生き甲斐にしている人からすると、走り回る猫はとんでもない困った猫である。健全な世の中は、片付ける人もいるし、走り回る人がいるし、というのが良いバランスではないか。ファーストペンギンと、セカンドペンギンの社会的バランスが、その社会の持っている健全さのバロメーターだろう。

日本セカンドペンギン組織人病

 日本は、古代から何度も危機に見舞われ、ファーストペンギンの英雄を生み出してきた。近くは、太平洋戦争の敗戦で焼け野が原になったゼロから復興し、高度経済成長を実現し、ホンダやソニーを生んだ。その前の明治維新では、殖産興業で、渋沢栄一や五代友厚の時代、多くの起業家(ファーストペンギン)が、新しい領域で、新しい事業を生み出してきた。戦国時代の混乱期には、織田信長らの革命児が生まれ、楽市楽座や新しい大商人たちを生み出した。時代は常に、ファーストペンギンが活躍する時代を過ぎると、セカンドペンギンの世の中になってくる。

 最近の歴史では、終戦後戦中派たちの高度成長期が終わり、戦後70年もたつと、だんだん世の中、セカンドペンギンだらけになってくる。お互いに顔を見合わせながら、新しい領域に挑戦するのも、ファーストペンギンのリーダーシップではなくて、合議で決めようとしてくる。合議そのものが悪いわけではない。合議に様々な派閥などの不合理な要素が入って来て、合理的な合意が出来なくなる。

 本来もともとはファーストペンギンを社会の中に育成すべき教育機関だった大学を卒業した人たちが、すでに出来上がった大企業組織にサラリーマンとして参加し、出世競争に汲々とするようになる。走り回る猫のように組織をかき回すように見えるファーストペンギンを疎ましく思う礼儀正しいセカンドペンギンのエリートが、未来に向かって駆け抜けようとするファーストペンギンを排除するようになる。そうなるとバランスが壊れ、組織が市場の大変革についていけなくなり、会社そのものがおかしくなってくる。江戸幕府が滅んだのも、シャープや東芝の低迷は、時代の必然なのかもしれない。

 あたかも、沈みゆく戦艦大和に乗っているかのようである。皆で乗っているから、セカンドペンギンは氷山がどんなに危なくても、お互い顔を見合わせて身動きしない。恐ろしいくらいにファーストペンギン的な人がいなくなってしまった集団である。そこに、外人のリーダーがやって来て、艦長になる場合もあるだろうが、セカンドペンギンにとっては、その方が有り難い感覚すらするかもしれない。ファーストペンギンのリーダーのいなくなった会社の社長は、自ら何も決断せず、お互いの出世競争を、時間の経過の中で、先輩後輩を配慮しながら、組織内部の論理で、調整しているだけである。半沢直樹や下町ロケットに描かれている大企業病である。

「ファーストペンギン育成戦略」

 日本の歴史で時代の大変革が、ファーストペンギンを輩出しては、歴史を書き換えてきた。失われたバブル崩壊後の二十年を振り返るとき、今まさに百年に一度のファーストペンギン輩出時代が再来しているのではないだろうか。従って、いま日本がなすべきことは、「ファーストペンギン育成戦略」である。我々の先祖は、明治維新でも実行したし、敗戦後でも立派に時代の変革を実行してきた。バブル崩壊二十年を経て、今度は、我々の新しい時代変革を実行に移すべきである。

1.教育目標の変更

 ファーストペンギンを社会の中から一定の割合で生み出す教育は、極めて異質であり、重要である。なぜならば、ファーストペンギンとセカンドペンギンの生き方と考え方が異なるからである。正に世界のエリート大学は、世界史に「ファーストペンギンを生み出す教育」に血眼になっている。日本もかくあるべしだ。セカンドペンギンとして大企業に卒業生を大量に送り届ける就職予備校化教育が、トップ大学の役割ではないはずだ。

2.起業家育成

 スタートアップを起業する起業家たちの活躍を大切にする社会のエコシステム作りは、現在の日本に大変重要である。「産業のファーストペンギン育成戦略」である。どうしても、政府は、選挙に関係が大きい大企業や従来の中小企業に産業の未来をゆだねる傾向にあるようだ。ところが、セカンドペンギンだらけの氷山の上のペンギンの大集団にイノベーションをさせようとするには無理がある。イノベーションを担うべきは、ファーストペンギンたる起業家精神である。最近スタートアップ起業支援活動として、様々な取り組みがなされつつある。「起業家活動は試行錯誤だらけのファーストペンギンとしての活動で独特の領域である」との認識を新たにし、活動を尊重する社会のエコシステム構築が必須だ。

3.ベンチャーキャピタリスト育成

 起業家を育てるには、ファーストペンギンのコーチというべきベンチャーキャピタル産業の育成が不可欠である。ファーストペンギンを大企業の優秀なセカンドペンギンに育成させられるのではないかという誤解と幻想があるようだが、全く世界が異なるし、うまくいった例を知らない。世界では、ファーストペンギンを育てられるのは、ベンチャーキャピタリストというコーチ役が必須とされている。キャピタリストこそ社会でもっと活躍させないといけない。

アスリートの世界も同じ

 2016年1月18日、元柔道日本チャンピオン、競泳オリンピック日本代表、ボクシング元世界チャンピオン、新体操オリンピック元代表ら、まさに日本を代表するアスリート達とワインを飲んで人生について話す機会があった。皆さん、小さいころから親の協力によって早くからスポーツの才能に目覚め、けがに苦しみながらも技術を磨き、体力をつけて、ゲームにおいては勝負をして、日本一の座に上り詰めた人たちである。正に、ファーストペンギンが毎日苦労する世界に通じる大変興味深い話ばかりだった。アスリートのファーストペンギン世界も起業家と同じで、去年対談をした山田和樹氏(指揮者)など、トップの芸術家も含めた連携必要性を確信した。新しい日本を創造しようではないか!

著者略歴 日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代表 村口和孝《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール講師。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、ジャパンケーブルキャスト、テックビューロ等がある。

(企業家倶楽部2016年4月号掲載)

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