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Vol.50【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

不格好な起業前活動を豊かに「パシッ!とした経営を

(企業家倶楽部2016年8月号掲載)

起業家はみな同じ22点

 起業家の人生について、様々な雑誌で、面白く話題になることが多い。スティーブ・ジョブズやユニクロの柳井さんも起業家であれば、商店街の小さな喫茶店を出店する街の若者も、規模の大小は別にすれば、同じ起業家に違いはない。みな、同じ起業家としての悩みを持っていて、DeNA南場智子さんはれを「不格好経営」と表現し、ホロウィッツは、「Hard Things」と表現。

 起業家に共通する経営の葛藤や苦悩をベースに自分を百点満点で採点す、平均し22点になるのだという(「Hard Things」第7章)。方が後継者だっら?これは、予算や組織の目標をベースに日々活動をして給料をもらっていサラリーマンが最低80点は取らないと首になるか次の人事異動で左遷されるという感覚とは全く別世界である。 起業体験プログラムに参加した高校生が遭遇する体験もまた、同じ性格のもので、せいぜい頑張ったところで22点である。起業体験の高校生が、混沌とした環境の中で、「佐藤さんや山本さん」とチームを作り、事業選択し「焼き鳥の製造販売」とし、社名を「スマイル焼き鳥株式会社」として、する苦悩は、組織の人事発令で、命令通りに努力する組織人被雇用者の出世の苦悩とは、全く違う性格の苦しみである。
 チームは最適だったのか?事業選択は正しかったか?社名は妥当か?株主の構成は妥当か?など、いくらでも答えがある様々な根本的な会社や事のデザインが、ホントに正しかったかなど、当時分かったものではない。成功への執念がこもった社や、成功に向かって真摯に人生を覚悟をした経営陣でなければならない、など、精神力が必要みたいな次元の話になる。事前に満点をつけることなどとてもできない。何が正しいということは無いし同様に何が決定的にダメということもない。ただ、いつの時代をとってみても、創業後5年間経過して、過去を振り返ってやっと、「創業した会社のうち成功と言える会社が数%くらいしか残ってない」という現実が待っているだけなのである。今日が、組織人にとっては100点で良かったとしても、起業家は未来に続く事業や会社の成否を判断する立場からすると20点に過ぎないかも知れない。
 
貴方が後継者だったら?

 そもそも世の中に、現在どれだけ企業があるか?日本だけでも、382万既存の事業所(2014年統計)があり、そのうち上場会社が約3600社だ。従業員数数万人規模の上場企業もある一方、大半は数人の喫茶店など少数人の事業が占める。世の中には衣食住、サービスなど、様々な事業が存在して、世の中のGDP500兆円(日本)の需要と供給が、毎年実現して現実経済が回っている。我々は毎日を、その中で生きている。

 仮にもし、貴方が創業者の社長の子供だとして、その事業がとりあえず儲かっているから継続しているとして、親からその仕事を引き継ぐべきか、引き継ぐべきでないか?貴方ならどう答えを出すだろうか。引き継がないで誰か別の人に譲るか(事業譲渡)、または、いっそのこと、これを機会に廃業するか?引き継ぎたくないのに、相続する場合もあるだろうし、引き継ぐ人がいない場合もあるだろう。高齢社会なので、引き継ぎ手のいない事業も多いのかも知れない。これは、人生にとって大変重い判断だ。

 さて引き継いだとして、問題だ。親の事業をそのまま継続するか、自分なりに事業を新しく組み替えるかどうか?これも非常に難しい問題である。などなど、未来に向けての経営判断は、そんな簡単な問題ではない。だから起業家常に、事業承継を判断するくらいの重大な判断を求められているのである。から素晴らしく良く見えている時にも、経営的な視点では、常に不格好であ、Harであり、22点である。

 22点だからと言って、さぼっていいという事ではない。どうやっても低い点数しか取れない起業活動を一生懸命手を抜かずに努力することの重要性を、経営学の父ドラッカーは「真摯さ」と表現しているのである。
  
起業活動の混沌が重要
 起業家が会社設立にたどり着くまで、どれだけ試行錯誤が必要なのだろうか。最初はだいたい、自分が果たして誰で、向こう数十年の人生の活動期間に、起業家として、どんな事業を実現する人間なのか、皆目見当がつかない。自分の人生に戸惑って時間ばかりが過ぎていく。自由人と言ってしまえば聞こえは良いが、「自らを起業家と称しているだけで、ただの失業者に過ぎないのではないか」と、恋人や配偶者から指摘され、落ち込み、自問自答し葛藤するかも知れない。

 親友と会うたびごとに、「自分はこれで成功する」と、言っている内容が二転三転し、良いメンバーと出会ったと言ったかと思えば、こないだ言っていた人は、結局妥当ではなかったと、孤立しているように見える。資金提供者が見つかったと思えば、詐欺師だったと笑っている。良い取引先が見つかったかと思えば、別の事業業種の方が実は自分には向いていると思う、と言い始める始末だ。社会的には、まるで落ち着かない、不安定な人のようだ。
 どんなに頑張っても、どの道を行っても、22点しか取れない起業家の道は、頑張れば80点取れるサラリーマンの人生から比べると、まるで当てにならないリスキーな人生であるかのように見える。無職のぶらぶらしている人と、起業の準備をしている人と社会的には何も変わらないどころか、逆に、一貫して何もしない困った人に比べて、起業準備で行動している人の方が、毎日言うことが千変万化して脈絡がない、詐欺師のように見えるということなのだ。一貫して異性と付き合わない人より、誰と結婚しようか悩みに悩んで複数の異性と付き合っては別れている若者の方が心配に見えるのと同じかも知れない。家族や友人からすれば、どうなるのか未来を葛藤する人と付き合うのも、ほとほと忍耐のいることだ。しかし、この葛藤と混沌の活発な毎日が、いずれ日の目を見ることになる。

 これはまるで、思春期の頃に敏感に感じる自分自身の人生の矛盾と、見えない未来への心の悩みのようだ。思春期の悩みは、病気のようでもあるが、病気ではなく、健全な次の人生の発展への苦しい胎動である。混沌の中で自分が本当は何をしたいのか、自分は誰なのか、何をすべきなのか、長くて厳しい他人とのコミュニケーションの洗礼の中から、あるべき自分が、経済社会の中に、自分らしい姿で、試行錯誤の末浮かび上がってくる。泥の中から蓮の花が咲くように。
  
自分は誰なのか

 とにかく、起業の準備をして試行錯誤している段階の多様な経験の積み上げが重要だ。そのためには仮説を作ってインタビュー活動を通じて、いろんな人と会って行動することである。日程を組んで、様々な人に会ってもらって、話を聞いてもらったり、事業協力の相談をしてみるのだ。その間に、実現しようとする事業の姿そのものが、何回も姿を変えてゆく。これは、すでに生き方を固めた人たちからすると、落ち着きのない困った状態だと否定的に言う人もいるだろう。しかし、他人が朝令暮改と言おうが、一貫性がないと言おうがどう思おうが、多様な経験を積むことがこの時期、重要なのである。頑固にならずに、豊かな混沌とした起業時代を過ごそう。成功したいという気持ちを表明することを恥ずかしがることはなく、変更を恐れたり、ためらう必要はない。

 そうしているうち、協力してくれるスタッフが離合集散して、徐々に臨時ではあるが、初期のチームになってくる。一方、取引先と思しき提携先との情報交換によって、お互いに親しい起業家の関係が出来てくる。顧客候補によって、ニーズや商品サービスの形が徐々に明らかになり、顧客が購入可能な価格ゾーンが見えてくることから、ビジネスモデルがはじめてはっきりしてくる。そうして自分が経済社会の中で何をなすべきか、数カ月から数年にわたる行動の中から、ようやく浮かび上がってくるのである。なお、貴方が真摯に世の中を良くしようと事業に取り組んでいる限りにおいて、経済社会は、常に貴方を受け入れてくれるイメージを持っていた方が良い。

 
儲けVS自己実現

 もともと、こういう事業が出来ればいいな、というイメージがあって、起業を考えている。一方で、儲からないと長期的には継続できない。例えば、シェイクスピアの素晴らしい演劇を世の中に実現したいと思い、役者の卵として青春を燃やすのもいい。ただ、演劇は人件費の固まりであって、事業としては、よほどヒットしないと大きな収入を得られず、経済的に利益を得るのは並大抵のことではない。だから、役者はほとんどの人が、夜バイトをして、あるいは建設現場で時給の仕事で生活費を稼ぎながら役者をしている。

 いずれにしても、人生をかけて実現したい活動のイメージがあって、実現するための周辺の現実的な経営資源の組み立てが可能になって(供給)、さらに顧客がある価格で購入してくれることをもってある程度「儲かる」という状況にしなければ、長期的には、事業を継続できなくなる。多くの場合は、自分の実現したいことのために、少々経済的な不利益を犠牲にして我慢するか、または、自分の実現したいことを犠牲にして、まずは経済的な成功=稼ぐことを優先することになるのだ。
  
事業規模を導く世界観
 成功する起業家の世界観とは、どんなものだろうか。そして、世界観によって、成功の大きさは異なるのか。人生の目標が大きければ大きいほど、成果も大きいものになる、という事がある。事実、起業家が事業をイメージできる大きさでしか、事業は大きくならない。起業家が100億円事業規模を思い描けていないのに、事業が勝手に100億円の規模に大きくなり得ない。つまり、起業家の社会的活動を支えている世界観が、より地球規模で広く大きい方が、顧客の方からも、取引先の方からも、いずれの社会からも期待される規模が大きくなる。世界中の70億人の人類全員が欲しくなり、購入可能な商品サービスなのか、それとも世界に数十人しかいない顧客を相手にした事業なのか?何人の顧客に商品サービスを購入してもらおうとイメージが出来ているか、重要だ。

 最も普遍的な普及イメージを目指すのが宗教だ。キリスト教でも、仏教、儒教のでも良いが、22点に過ぎない人間の経済市場社会を、肯定的(ポジティブ)に理解する世界観は、参考になる。そういう意味で、起業家を目指す人は、教養としての宗教的世界観を学んでみるのも一法である。
  
成功とはどんな世界か
 事業の成功を振り返るとき、成功する事業や会社には、次の語るに足る起業成功5つのP「パシッ!」とした感覚的イメージを伴うことが多い。

1.人生の生き方がパシッ!

 起業家の生き方は、一般的なサラリーマンや組 織人の生き方とは異なり、自由で自立しており、自分らしさが必要だ

2.会社経営がパシッ! 
 会社運営は、定款と株主名簿をベースに、株主総会と役員会の充実が必要

3.商品サービスがパシッ! 
 インパクトがあり、初期顧客の情熱的支持がないと、拡大して売れていかない

4.事業経営(事業選択、仕入加工、販売)がパシッ!
 魅力的事業で、良い素材仕入れ、納期に間に合い、仕上がり良く、顧客へ販売・販促が妥当

5.人のオペレーションがパシッ!

 組織人による、予算統制など、組織的な活動が充実していること(80点世界)

 起業が難しいのは、作業が混沌とした創造的な過程であるため、マニュアル化やシステム化が難しいからに他ならないが、だからこそ、誤解されやすい。起業に対する正しい認識を持つことが、いかに重要か、強調し過ぎてもし過ぎることはない。起業特有のリスクと、組織人として生きることのリスクと、両方とも良くわきまえて生きることが21世紀において、求められている。

著者経歴 日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 
代表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、ジャパンケーブルキャスト、テックビューロ等がある。

(企業家倶楽部2016年8月号掲載)

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