会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。
(企業家倶楽部2016年10月号掲載)
あなたに未来予知は出来ない
我々は誰も、地球上70億人の人類すべての消費行動を認識し、理解することは不可能だ。この理解不可能性の事実は、意外とすぐにはそんなことはないと感じる人が多い。自分は様々な経済ニュースに毎日目を通していて、消費動向を理解しているよと言う人もいる。ただ「未来予知の不可能性」を理解することは意外と簡単だ。あなたが、今日、近くのコンビニエンスストアの店に入った時のことを想像してみると良い。次に「何を買うか?」と自問自答してみよう。飲み物、歯ブラシ、パン、ヨーグルト、頭に浮かべてみよう。
次に、こう自問自答してみよう。「コンビニに並ぶたくさんの商品の中から、買ったことのない商品はあるか?」答えは「ほとんどの商品を買ったことがない」だろう。百貨店には高級な衣料品や化粧品が、家電量販店には冷蔵庫からスマートホンまで商品が並んでおり、アマゾンには多くの商品が検索できる。金持ちであるかどうかにかかわらず、世の中には買ったことのない商品だらけである。なぜか。このことは何を意味しているのだろう。
このことは、「あなたが人類の中でとても特殊で、消費の世界の中で、変わり者」であることを意味している。店に商品が並んでいるという事は、誰か別の人が買うからこそ並んでいる。にもかかわらず、あなたは買わないと言う。ということは、あなたが絶対買わない商品を買う他人の行動と同調出来ないということだ。そんな訳がない、自分は他人の理解力はある方だ、と思っているかもしれない。ならば、店で売っているすべての商品を買うだろうか。「全部は買わない」「買わないものがたくさんある」と言うだろう。
つまり、実はあなたを含めて、「人類70億人すべてが、特殊で変わっている」のである。すべての人類の消費行動を理解し、予測することは、一般的には困難なのだ。「複数の人間の意見が合わず、合意形成が困難」である理由もここにある。いわんや、どこかの政府が国の経済全体を計画出来ることなど出来ないことを、21世紀の世界中の人が理解している。(20世紀の東西冷戦期には、ベルリンの壁が1989年に崩壊する頃まで、ソ連という計画経済国があった。)
予測できる既存事業と、新事業
それでも、ITの進歩によって、ビッグデータやAIで、ECサイトの回遊行動やPOSシステムデータなどを解析することで、人類の消費行動の把握と予測がある程度可能になって来た。特に、既存の商品を毎日買うような場合、例えばパンとか日常的な必需品の消費行動はある程度予測がつく。既存の予測しやすい未来を担うのは、既存の事業者である。現在の大規模な上場企業の多くが、既存商品やサービスの提供を担っていて、いまさら新規事業者の参入する余地が小さい。経団連とか、既存の産業界の世界であり、その代表が、その時代時代で学生が就職したい会社ランキングの上位に顔を出している著名会社群であろう。
ところが、2016年7月、突然『ポケモンGO』が世界中で大ヒットし、街のあちこちにスマホをのぞき込む人があふれ、市場が一変した。全く予測がつかないことが世の中では、歴史的に繰り返し起こってくる。それは、イノベーションによって、新しい商品が市場投入された場合だ。1960年代テレビ、1970年代電卓、1980年代ファミコン、ウォークマン、1990年代パソコン、2000年代インターネット、2010年代スマホなどの普及によって、消費生活と産業構造が不連続的かつ劇的に変化した。
半導体の科学技術イノベーションによってコンピュータや通信のコストパフォーマンスが劇的に上がって来たように、技術の進歩は、商品やサービスの提供条件を変え、つまり供給方法の不可能を可能にして、産業社会を一変させる。新しい市場が立ち上がるのは、供給条件の変化だけではない。
新しい消費行動が生まれることによって、突然予期せぬ新しい市場が立ち上がってくる。新しい消費の立上げを支えるのは、先進的な消費者(アーリーアダプター)である。AKB48の2005年の最初のコンサートの客が7人しかいなかったという伝説がそれに当たる。新しい製品の使用者が一定の閾値を超えると、突然市場が社会的に広がるという現象が観察される。これを、キャズムを超えると言われる。最初の顧客は世間では変わり者扱いされ、理解されないが、やがて紅白歌合戦に登場することで社会のボリュームゾーンである大量の保守層にも受け入れられるという訳である。
経済成長の方式が変わった
シンプルに考えると、経済成長は、未実現の新しい需要と、未実現の新しい供給が合致することである。成長を分解すると、「既存市場の量的成長と、新市場の創造的成長の合成」である。現在の日本経済を支える既存組織は、比較的予測が可能な既存市場に依存しており、世界的に見ても有力な上場企業群を形成している。ただ、既存市場は人口と可処分所得が量的に成長しない限り、成長は難しく、人口成長している海外市場に依存せざるを得ない。また既存市場を前提とした既存の会社経営は、量的に予測が可能だからこそ、開示(タイムリーディスクロージャー)が可能であり、組織人が業務分掌・職務権限規程に基づいて、中期計画をブレイクダウンした予算統制の中で職務分担して事業をオペレーションしている。
20世紀の高校生は、受験勉強で偏差値の高い有名大学を目指し、大学生は就職ランキングの高い既存組織への就職を目指して来た。終身雇用と言われ、半沢直樹の様に出世競争を繰り広げ、結婚し、60歳ころには引退し、組織人として一生幸せに人生を送るというのが、工業化社会のパラダイムだったのである。
そのころは新規事業すら、既存組織で何とかなった。また、当時は情報管理も甘かったために、系列会社同士がメインバンクや政府の仲介もあって、日本的経営が、新規事業に経営資源の再配分を容易にし、三菱グループなど企業系列の中で、新事業立上げ局面でうまく機能した。ところが系列取引規制やメインバンク体制の崩壊、内部統制強化で、機能しづらくなってきた。21世紀に入って、人脈や系列で新規事業を協力し合うという日本の20世紀の前提条件が、変わってしまったのだ。従来の既存組織では、メインバンク系列も機能せず、自己改革と新事業開発部門の合意形成活動だけでは、もはや新市場でのダイナミックな創造的事業立上げの成長が難しくなってきたのである。
というのも、1980年代シリコンバレーにおいて、インテルやアップル、マイクロソフト、シスコなど新しい組織が、地域の中から経営資源を結合し、次々と、ITやバイオ領域で新事業の立上げを実現して世界を席巻した。スタートアップ経済と呼ぶ。特に1990年以降、VC産業が発展してきて、インターネット市場の立ち上がりとともに、新組織を次々生み出し、フェイスブックやグーグル、アマゾンなどの新しいスターが登場し、活躍したことはよく知られている。
21世紀においては、既存事業は既存組織が、新事業は20世紀の企業グループではなくて、独立したスタートアップ新組織が担っていくのが社会的に効率的になった。スタートアップ新組織をデビューさせる社会的装置こそが、VCとIPO(上場)である。この新しい成長モデルを中国や発展途上国が成長エンジンの一部にしたことは間違いない。
日本経済低成長の本質
日本経済規模は現在、世界8千兆円のGDPの中にあって、日本は500兆円で、米国、中国に次いで3位の位置にある。ただ成長率となると、世界の成長率が1~2%であるのに比べて、ほぼゼロ成長であり、数%成長を続ける中国にはどんどん離され、他の人口増加の発展途上国に徐々に追いつかれてきている。
低成長原因の第一は、「人口減少社会」である。人口は、消費の大きさと相関するから、輸出で補えばよいというものの、人口減少で社会全体の需要を支えている消費金額を、人口減少下で維持するのは並大抵のことではない。また人口減少社会は高経日齢社会でもあり、消費が活発に増える若い世帯相対的減少が消費を増やすのを困難にする。
低成長原因の第二は、「生産人口(15歳以上65歳未満人口)減少」による人的生産活動力の低下である。商品財やサービスを生み出す生産活動を行う人口が低下すると、人の採用や経済活動に支障をきたす。新事業活動のエンジンは経営者や、被雇用者の活発な生産活動があってこそ、である。
原因の第三は、「人材の既存組織への集中」現象である。戦後20世紀型の日本型経営によって、すべての高校生や大学生が、偏差値教育によって有名な既存企業に就職すればよい、という極端な社会観で人生をイメージしてきた。その結果、優秀な若者の大半が大量に既存企業に就職して、組織の命令に従う組織人として人生を送ることになった。その結果、有用な人材が大企業で能力を発揮することなく時を過ごすという大変社会的にもったいない事態が生じている。有能な若者であればこそ、新組織を世の中に生み出し、新事業を立ち上げる活動に挑戦すべきである。人材の既存組織への集中を排除することがカギになるだろう。
低成長原因の第四は、「起業教育の不足」である。戦後の教育は、いかに組織人を教育し、既存組織に就職を成功させるか、という偏差値教育に偏向していたと言って過言ではない。新しい未来の市場に、新しい組織をスタートアップし、未来を創造するという教育はまったくなされてこなかった。21世紀の日本には、起業準備教育が必要だ。
低成長原因の第五は、「資金の投資活動が不活発」であることである。日本全体で、どのくらい資金が余っているかは、預金から貸し出しを引いた「預貸ギャップ」を見れば明らかだ。これが年々増加し、とうとう約245兆円に膨らんでいる。これは、地方で成長した優秀な若者がほとんど大学に入学し、資金のいらない職業であるサラリーマンとなるために、日本全体で社会は資金の提供先を失ってしまったのだ、と言えるだろう。
低成長原因の第六は、日本の「VCおよびIPOの質量ともに絶対的不足」だ。世界第三位の経済大国にあって、IPOがこれだけ少ないという事は、世の中に起業家がデビューしていないことを意味する。成功した起業家が、さらに次の世代の起業家を生むためのロールモデルのみならず、エンゼル投資家であり、よきアドバイザー、時にはVCへの出資者や、独立個人型キャピタリストとなる。IPOが少ないという事は、他国から比べて、起業社会の相対的縮小を意味する。IPOが豊かでない国が経済成長するはずがない。なおVC市場は、回収がM&AとIPO市場に依存している。
成長戦略の新しい処方箋
アベノミクスで株価を上げ、マイナス金利で金融機関と既存企業に経済活動を期待しても成長戦略としては限界があり、世界から見ても魅力がない。21世紀の世界が求めている起業家によるスタートアップ成長戦略に、日本も挑戦する必要がある。
1.新産業創造を、苦手な既存組織だけで実現するのでなく、新組織の誕生とデビューで実現する「スタートアップ経済」を実現する社会構築を目標とすること
2.若い優秀な人材の既存組織への集中を排除し、新組織に参画しやすい、また転職しやすい、スタートアップで働きやすい社会を構築すること
3.知財をスタートアップが活用しやすくすること
4.大量余剰の250兆円の預金資金を、直接的にVC市場に流入させ、新組織のスタートアップ誕生を後押しするエコシステムを構築すること
5.IPOを年間最低200社実現することで、VC投資資金の回収経路を確保し、新組織の証券市場へのデビューと活躍、経営資源リサイク ルを促すこと
6.スタートアップ成長戦略のかなめである「独立 個人型VC産業」を質量ともに育成すること
資金力がある日本にはまだ成長のチャンスがある。「スタートアップ成長戦略」の集中的実行である。ただ当局に、相当大胆な覚悟と意思決定が必要だ。これこそ世界が共感する、構造改革の新しいエンジンである。
Profile 日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代表 村口和孝 《むらぐち かずたか》
1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、ジャパンケーブルキャスト、テックビューロ等がある。