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Vol.52【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

起業体験プログラムEX 運営ノウハウ

(企業家倶楽部2016年12月号掲載)

起業体験プログラムEX
 

 1999年11月に開始し、三年前からJPXが社会貢献活動で採用するなど、ゆっくりだが社会に広がり続けているプログラムが、起業体験プログラムE X( Entrepreneure  Xperience)だ。当初、私の長男が小学校四年生で、大田区池上本門寺ボーイスカウトでお世話になっていた関係で、境内で模擬店を開店する事業を、週末である土日の超短期プログラムとして企画実施した。参加者は小中高生で、投資家役の募集などETICに手伝ってもらった。一回目のゲストはインフォテリア平野社長で「模擬店とはいえ、皆さんの会社が全員黒字になったことは、とても素晴らしいことです」と褒め、参加者を勇気づけてくれた。

 EXは、以来、開催校が慶應大学理工学部や、品川女子学院と増えて行き、どんどん経験を積み上げて、今日まで数万人の参加者の体験に裏打ちされた、相応の運営ノウハウが蓄積できた。 短期で実際の模擬店を立上げることで、人生覚悟、会社経営、事業(商品、供給、販売)の立上げ、ファイナンス、会計、人事組織について、実際にそれらの相互の連携がどうなっているか、一般サラリーマン生活ではなかなか学ぶことが出来ない企業活動の全体を学べる教育プログラムとなっている。まずEX開催の企画書を作成し、参加者を募り、チーム分けをする。公募式と、参加者が決まっている場合とある。開催主体は様々だが、大学ゼミ活動、高校大学授業、地域商店街・商工会、ベンチャー団体、企業社会貢献活動(JPX等)、企業研修などである。最近では海外での実施もみられる。チーム分けは、お互いを自己紹介し合って相互で自由にチーム分けする、主催者が指定をする、どちらでも善し悪しがある。

EX会社設立

 EX体験フローは、時間が左から右に経過するように作成してある。一番左から、一番右まで、一か月から半年くらい週末ごとでも実施可能だ。事業計画プレゼンに辿り着くまでが、まず一苦労だ。サラリーマンのそれまでの人生では、誰か(例えば人事部)組織の指示を待っていて、行動するのが常だっただろう。起業は、すべて自分で決められる気安さの一方で、誰も自分に辞令とか指示して来ず、常に主体的な意思決定を求められる。特に日本人参加者が周りの空気を読み過ぎるので、5つの約束事を参加者にお願いしている。

五つの約束

1.何より自分に正直に、主体性を大切に

2.思ったこと感じたことを、愚直に発言

3.発言してから、差異を交渉して調整

4.過去は整理し、未来に挑戦する

5.損得でなく、善悪で考える

 EXにおける事業内容そのものは、学園祭の模擬店事業だから、難しく考えず、楽しく取り組むことが出来る。事業そのものは、焼きそば、焼き芋、特産品、学校グッズ、揚げアイス、スムージー、スイーツ、射的、お化け屋敷、脱出ゲーム、プログラミング体験教室などスクール事業、中古市などだ。経営全体の仕組みを体験的に学ぶためなので、とりかかりやすい事業であっていい。模擬店で何が経営の理解だ、と印象を持つ人もいるが、このフローに従って経営を体験すると、第一印象と異なり、学ぶことが多い。ビジネススクールの教育を受けた生徒ですら「知らなかったことだらけだ」と言うこと請け合いである(ホントは体験的関連付けが出来ていなかっただけなのだが)。

 事業計画を作成するにあたり、大量のインタビューをやらせることが、大変重要だ。顧客候補、取引先候補、同業者候補、スタッフ候補、開催事務局(守るべきルール制定者)に大量インタビューさせて、そもそものアイデアが現実的かどうか、検討させる。インタビュー不足の事業計画では「もう少し周辺調査をしてから事業計画を書き直して下さい」と投資家に言われるのは目に見えている訳だから。投資するベンチャーキャピタリスト役には、過去EX体験した先輩、本物キャピタリスト、ビジネススクール学生、経営企画体験者、商工会、学校の先生保護者などがなればいい。

 ファイナンスの常識だが、起業家役の参加者は創業優先株A株を安い株価で、事業には直接かかわらないキャピタリスト優先株B株は高い株価で、投資する。銀行の融資も受けられるようにするが、レバレッジを掛け過ぎると天候不順などで事業が赤字になった時に債務超過に陥る危険があり、釣銭程度の借り入れを指導する。社名を決め、投資が決まり投資契約を結び、取締役会を組織して、定款を作成する。どんな社名にすべきか、よく考えさせる。模擬登記所への登記で活躍するのが司法書士の先生だ。これで、会社が設立されたわけである。登記制度の意義を考えさせ、いったん株主名簿が出来たら、投資家との関係が不可逆な状態になること、さらに出資と、借入との違いも考えさせる。ここで参加者は、全員設立会社の取締役となるが、法的忠実責任についても止まって考えさせる。

EX事業立上げ

 会社が立ち上がると、次は事業の立ち上げだ。まず、商品サービスの試作品を作り、よいかどうか検討する。何より商品サービスに自信が持てるかどうかが大切であり、キャピタリスト役が試食してみるとよい。商品開発が一段落すると、仕入れ加工の検討で、仕入れはちゃんと交渉させる。この頃の学生は、ネットで注文して終わり、という安直な人も多いが、仕入れは交渉で条件が変わり、追加サービスが期待できることもある。いわんや学園祭とかEXの意義をアピールすると共感して協力してくれる場合が多い。近郊農家から特産品を格安で手に入れたケースもある。販売場所の確保と制約条件の確認も重要で、保健所が厳しい場合が多い。この段階で事業計画修正が必要になることが多く、適宜取締役会を開催させ、修正させる。

 販売日が近くなってくると、テントを借り、販売場所が決まれば店内の加工作業や販売机のレイアウトを検討し、販売促進策が講じられる。最近ではチラシ配布だけでなく、フェイスブックなどSNSやWEBでの販促は当たり前になっている。販売日に向けてのスタッフィングと日程調整をさせて、お互いにスマホなどで連絡を取り合って販売日を迎える。

 直前買い出しなどが始まるが、会社設立時に集めた出資金と借入金は、「預金袋」で管理しておく。何かを支出した場合は、現金が領収書に化けているだろうから、現金出納帳をつけるか、最悪でも領収書を預金袋の中に集めて、まとめておくことが重要である。現実の会社の会計も、最低預金通帳と領収書で管理している。販売の管理には「レジ箱」を使い、現金を管理する。レジ箱内の現金の増加を調べることで、売上高認識の傍証になるからだ。売上は記載漏れが起こることが多く、レジ箱現金増加額が一番当てになる売上認識方法である。

EX販売活動

 仕入→材料在庫→加工↓製品在庫↓販売↓回収が事業フローである。どこかに事業の生産性を制約するボトルネックが出来る。ボトルネックを太くすると、流れが良くなり、生産性が向上し業績が拡大する。ボトルネックで製品出荷が滞り、機会損失を起こす、という関係性を参加者に認識させ、事業運営を工夫させる。とりわけ、仕入れと販売促進は重要で、多くの模擬店事業で、業績を左右することが多い。仕入れ過ぎは、閉店時に見切り売りをするか、在庫処分損のリスクが高く、仕入れ不足は、売り切れを起こして機会損失を招く(学園祭の完売で万歳するのは、一般商店では欠品と言って、機会損失に過ぎない!)。

 販売日は複数日開催が望ましく、一日目の終わりにいったん現金残高を数えて、試算表を作成する。それで初めて、計画に対してどれぐらい事業進捗したのか認識でき、多くの参加者は損益分岐点の意味を思い知ることになる。一日目の初期顧客への販売活動を通じて多くのことが観察でき、それをもとに経営改善・改革させる。この作業は重要で、顧客開発(リーンスタートアップ)の重要性を認識させる。

 最終日の閉店で在庫が残りそうになった場合の処理が重要だ。商品は見切り売りで、値段を下げて処分する。なお残った材料は、第三者に売却処分するべきで、取締役が購入するのは自己取引、利益相反取引の危険性があり、避けるのが望ましい。在庫処分市で、第三者の買い手を見つけて売る方法もある。

EX決算と配当、納税

 本来、出発点の貸借対照表(残高)と、事業活動が終了したあとの貸借対照表(残高)の差が、損益計算書から導かれる利益と一致するはずだ。だが、現実の経営もそうだが、実際に集計してみると、両者の利益が一致しないことが、むしろ普通である。売上記録漏れとか、釣銭の渡し間違いが主な原因だ。それを、集計して差異原因を特定し、決算書を組み立てさせる。会計士から監査を受けて、株主総会を開催し投資家と質疑応答させ、納税し、財産分配し、会社解する。

 終わった後は、起業体験新聞を、出来るだけ喜怒哀楽や驚いたことをベースに、スポーツ新聞の絶叫調で書かせてみると良い。振り返ることを書いておくことで、体験の記憶を長く留めることが出来、有益だ。業績の因果関係をふり返ろう。
  
EX企画者の姿勢

 現実の株式会社経営と、事業経営、会計、人事組織を、出来る限りEXの体験シーンに写像させ、その都度作業を止めて、考えさせながら学ぶことが重要だ。だから各体験ユニットを、できれば実際に企業活動の現場で体験をした人が講師となることが望ましい。さらに言うと、他部門連携を体験した者の方が望ましい。全体を運営する事務局は、ある経済を管轄する地方政府だと考えるとよい。そうすると、経済活動を鳥瞰する視点も身に付く。

 この起業体験プログラムEXから学べることは多く参加してほしい人は、若者のみならずすべての日本人だと言っても過言でない。特に偏差値教育を受け、終身雇用を信じて若い頃起業教育を受けてこなかった組織人、官僚公務員の人たちこそ、起業体験プログラムEXを学ぶべきかもしれない。

Profile 日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 
代表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、ジャパンケーブルキャスト、テックビューロ等がある。


(企業家倶楽部2016年10月号掲載)

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