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Vol.56【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

起業の卵孵化マニュアル スタートアップ十段階論

(企業家倶楽部2017年8月号掲載)

スタートアップと就職は別世界

 我々スタートアップの世界で、創業期のDeNAなどを立ち上げ支援する仕事をして来た私のような人間からすれば、マスコミを含め、一般的なエリートの人たちは頓珍漢な認識をしているとしか思えないことがある。普通の人から見ると非常識に見える。それが、このスタートアップの世界である。創業経営、ゼロからのスタートアップ経営について、一般の人たちの理解が難しいのはなぜか?それには理由がある。それは起業経営の世界が、大企業や役所組織などへのそれと全く異なる世界だからで、「就職体験」を振り返るとよくわかる。

 そもそも社会のエリートが就職する大企業の多くは上場企業であり、すでに会社も事業も組織も、いわゆる出来上がった企業である。人生で比較的自由な高校大学を卒業し、待ちに待った就職をすると、社会人としてようやく月給をもらえる立場となる。そのあとどうなるだろうか。人事部で就業規則など「組織に忠実に」という説明があり、やがて就職したばかりのあなたに対し、組織配属の辞令が出されることになる。「〇〇部勤務を命ず」という、最初のあれである。

 さて、いざ辞令が出て部署に配属になると、職務権限規程や業務分掌規程という組織規定に基づいて、就業時間内に、組織人としてのオペレーション活動をすることになる。組織の命令は絶対であり、経費使用や受発注については、予算管理されていて、配属した部署の予算と権限の範囲内で、上長の許可を得て資金の使用が認められる。だから、組織人は、どういう優れた才能や能力があったとしても、特定の部署に所属している限り、他の部署の仕事を、権限を越えて実行することは許されない。オーケストラでトランペットを吹く部署の者が、バイオリンが得意だからと言って、勝手に別の楽器を弾いてはいけないのと同じである。組織は非常にきちっとしていて、軍隊のようである。また自分で人事異動を選べないという点において、ある意味、尾崎豊型の人には牢獄のようでもある。その組織の内側の出世競争の矛盾は、半沢直樹のドラマなどで描かれている。

半沢直樹世界は所詮内輪

 就職活動の振り返りから分かる、20世紀の工業化社会を象徴するような、典型的な日本の戦後の組織の中の世界と比べると、スタートアップはまったく違う。まず、業務組織がまだない。当たり前だが、業務組織が出来るのは、「これこれのビジネスモデルで行こう」と言える、時間的に会社を始めて数年経った後、企業が実現を目指すモデルが出来た後、である。すなわち、どんな顧客にどんな商品やサービスを提供して事業とするのか、方向性が決まった後に、本格的な人的組織が出来るのである。であるから、大企業勤務経験や役所で、すでにある組織を前提とした業務体験のほとんどは、スタートアップ活動の役に立たないどころか、邪魔ですらある。なぜなら、試行錯誤で事業モデルを実験検証している最中なのに、一般の組織人は、その状態の未完成さそのものに、また、組織がまだない中途半端な状態に、精神的にとても耐えられない。(ひどい場合は組織出身者がスタートアップベンチャー起業家を、「非常識者」呼ばわりすることすらある。)組織人はサラリーマン経験の中で、何らかの計画と組織があることが、知らず知らずのうちに活動の大提になっているのだ。半沢直樹のようなサラリーマンの生き残る様々なノウハウは、スタートアップベンチャーが最初、事業モデルを試行錯誤の中からもがきながら見つけ、さらに事業として確立していくプロセスが終わり、会社が上場した後において有効な、組織内部の内輪話なのである。ゼロから始めるスタートアップ段階は、既存組織の内部世界とは根本的に異なる。(私は常々、IPO上場審査もスタートアップ専門の審査であるべきだと思っているが、理由が以上の通りだ。)

 スタートアップを理解するには、起業プロセスを順番に大筋を全部理解する以外にない。起業の卵孵化マニュアル十段階を順々に説明しよう。

■ 起業第一段階「自立・覚悟」

 まず、成功する起業家は、必ず精神的に自立している。DeNA創業者の南場智子さん、インフォテリア平野洋一郎社長、アインファーマシーズ大谷社長など、皆自立心が強く、起業家として人生をかけ、覚悟している。一方で依存心が強く、組織人体質の経営者も世の中には多い。(そういう経営者に投資をするとどこかで痛い目に合う。)まず自分が自立した起業家であり、事業成功への挑戦から片時も絶対に逃げず、自分の周りの協力者と自立的関係を構築しながらも、自分が未来へのドラマの主人公であるという自覚と誇りを、ずっと持っている。顧客に商品やサービスを提供することで、社会を劇的に良いものにしようとしている。そういう人生の生き方に徐々に慣れないといけない。特に家族がいる場合は、自立していないと、大企業をやめて創業するなどもってのほかであろう。全段階を通じて、精神的自立は毎日チェックが必要なくらい、重要である。また自立とは、三権分立に対応し、創造(挑戦)、組織的実行(調和)、応用(思考)の三つを常に行動して生きる人生の姿勢の事である。

■ 起業第二段階「構想50ポケモン卵」

 地球上で満たされていない未来の潜在的な需要は、無限にある。一方で技術のイノベーションなどによって、安いコストで供給できる可能性のある商品やサービスが多く眠っている。制度が障害になって実現できないでいることもある。起業家の手で、未実現の需要と未実現の供給を、新しい商品サービスで、満たすのだ。未実現なものを実現する事業構想を最低5つ、出来れば50くらいは、持たねばならない。いわば、これが事業構想のいわばポケモン卵である。卵の検証は、常に時代の変化を観察しながら、行われなければならない。産業ニュースを読んだり、見学、インタビュー、読書を通じて、卵を温めるのだ。この体験による細かいリアルな世間の情報が、後の事業立ち上げの試行錯誤で、ずいぶん役に立つものだ。時間とともに、協力者も現れる。共同創業者候補との出会いもあるだろう。やがていくつかのポケモン卵を温めてみて、自分の人生がシックリ来たある時、会社という箱を興そうと思うようになる。

■ 起業第三段階「会社設立・体制とチーム」

 会社の重要なルールは、定款にまとめられる。ポケモン卵を温めている間に、何人かのパートナー候補と一緒にやろうという話に、なっては消えたことだろう。当初の出資者は多くの場合、起業家本人だけか、パートナーとの共同出資であるが、そのパートナーもまた組み替わるかもしれないことは、想定していた方がいい。もっとも重要な意思決定事項の一つが、社名を考えることだ。誰にでも覚えられる、インパクトのある美しい社名にすることが重要だ。取締役の構成と、株主名簿はシンプルであるべきで、最初は起業家だけが株主、という構造が良いかも知れない。また、取締役というものが、社員とは異なり、忠実責任や利益相反取引が禁止されている責任ある立場であることを覚悟し自覚することが極めて重要である。これからの起業家人生で、同様に責任ある立場の者、例えば仕入先やVCキャピタリストなど、との交渉や契約が多くなるからだ。また、最初に組み立てるべきチームとは雇用者のチームでなく、責任を負った者同士のチームである。従業員はこの段階ではまだいない。

■ 起業第四段階「事業計画と調達」

 複数の事業構想のうち、いよいよ可能性がある特定の温まった卵に、挑戦目標を絞るタイミングがやってくる。まとまった準備資金を調達するのだ。事業構想期とは異なり、さらにインタビューを繰り返し、もっともっと調査して、事業計画に表現する。何か月かの交渉を経て、投資を希望するシード・アーリー専門のVCなどと投資契約が交わされ、まとまった資本を調達する。優先株を使ってVC等からの役員も就任し、緊張感のある取締役会や株主総会が開催されるようになるだろう。

■ 起業第五段階「立上試行錯誤」

 調達した資金を投入して、事業の立ち上げを実行に移す。ただ、ビジネスモデルについて試行錯誤しながら作り上げていく作業が続く。いわゆるキャズムの前の戦い方と、キャズム後の戦い方が異なることに注意が必要だが、最初の売上となった有難い「初期顧客の商品使用の様子を観察」することから、多くの知らなかった事実を学ぶことが出来る。ここの学習を中途半端にしてアクセルを吹かす(資本を先行投資する)と、だいたい手痛い失敗をする。社会の中で実際に「商品サービスが使用されて顧客が喜んでいるユースケースを一定量獲得」しないと、次の段階にはいくべきでない。顧客コミュニティーのウォームアップ状態も良く観察しよう。DeNA創業期にPCユーザー以外に携帯ユーザーという顧客層がいるのを発見するなど、意外な発見があり得る。これで行けるぞ、という確信が出来るビジネスモデルにたどり着くことが重要なのだ。

■ 起業第六段階「人事組織」

 これで行ける、というビジネスモデルにたどり着いてから人事組織を構築に入る、その順番が重要だ。就業規則と賃金テーブルを作成する。大体給料の高い営業などの専門家を早く雇いすぎて、またリストラするケースが多い。人の採用は、どんなに慎重を期しても、一発では行かず、ナカナカ難しいのが現実だ。一緒に働いてみるまで分からない、ともいう。試用期間を最低2か月は設けよう。担当を振って、社員チームで働けるように全体を調整する。

■ 起業第七段階「本格生産・販売」

 商品の生産組織と、営業組織が出来たら、本格的に価格を付けて販促し、販売攻勢に打って出るタイミングをよく考える。また合理的生産のために、ボトルネックを観察して在庫管理など最適化する。顧客市場がウォームアップできていれば、販売に火が付くはずで、これが売上の成長をもたらしてくれる。人を採用し、予算統制制度を導入して部門が整備され、目標管理制度が始まる。営業会議で檄を飛ばす段階だ。売上の成長によって、損益分岐点を超えて利益が出てくるという嬉しい状況となってくる。

■ 起業第八段階「会計・監査」

 売上が本格的に伸びてくると、四半期や月次で、経営活動を記録して、決算書にまとめる。会社設立時の税務申告用を、開示用に修正する。原価管理も必要となってくる。監査法人を入れて、有価証券報告書作成に向けた活動も始まる。

■ 起業第九段階「上場」

 従業員も増え、売上規模も大きくなり、利益も億円単位で出る可能性が見えてくると、上場準備をスタートするタイミングとなる。証券会社、信託銀行などと上場体制を整備する。有価証券報告書を完成し、金融商品取引法など法令違反に注意しながら、上場審査を受ける。上場の鐘を鳴らすと気持ちが良いものだ。インサイダー規制など法律的に公的企業になった自覚が必要で、適時開示し続けることになる。

■ 起業第十段階「上場後発展」

 株式上場後の経営は、信用力も格段に向上するため、上場した後、ビジネスモデルがしっかりしていれば、成長余地が大きいだろう。ただ、組織病にかかる危険性も大きく、ダイナミックさを失わないように相応の努力が必要だ。未来への情熱を失わないようにするためにも、もう一度起業第一段階「自立・覚悟」に立ち返り、自分たちの起業人生の出発点を毎日忘れないようにしなければならないと思う。

 以上の十段階を若いころに、体験的にしっかり理解できていれば、どんな未来社会が来ようが、どんな仕事のどんな段階に関与することになっても、対応が可能な人材に育つと思う。21世紀の日本の教育の目標にすべきではないか、と考えている。まさにスタートアップ起業立ち上げとは、サラリーマンの世界とは異なり、文化祭開催のノリが重要である。どんな人でも、試行錯誤ではあって七転八倒の苦労はあるが、原則を外れなければ、楽しく豊かな、はるかに自分らしい経済的人生を送ることが出来るのである。

著者略歴

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合 代表 村口和孝 《むらぐち かずたか》

 1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、ジャパンケーブルキャスト、テックビューロ等がある。

(企業家倶楽部2017年8月号掲載)

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