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Vol.69【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代 表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

スタートアップ活動記録がカギ!勘定A/Cと訴訟対応をAIで!

(企業家倶楽部2019年12月号掲載)

スタートアップ支援は超長期

 2007年5月創業のブシロード(創業木谷氏)は12年新日本プロレスを買収し、19年7月まで12年2か月かけて上場した。IPS(宮下社長)の18年6月27日上場には、初期投資から13年3か月かかり、IPOによってIPSはフィリピンの通信会社として来るべき5G時代に、現在14年目で、更に発展している。DeNA(南場社長)は上場に5年3か月かかり、上場後の発展を待ってVCとして売却に4年ほどかけ、球団を買うようになるまでに11年かかった。アインファーマシーズ(大谷社長)に至っては、私がサラリーマン時代の1987年に投資して現在33年が経とうとしているが、94年店頭公開し、売上が千倍になり、まだ発展している。プレミアムウォーター(萩尾社長)は、06年10月設立、13年3月上場して現在13年を経て、売上400億円規模になり、ようやくサーバー償却を水の売上が超え、本格的利益を生むようになった。プロセスは同じだ。

①起業家はまず、既存の組織を独立して事業を試行錯誤する。

②仲間を作って、定款整備して会社を設立登記。事務所を作って、会計と社員名簿の管理が始まる。勘定と契約の管理スタート。

③商品サービス開発し、価格を設定し販売促進で市場投入する(シード期)。

④資金調達して取引先と契約し、供給体制を整備する(ミドル期)。

⑤損益分岐点を超えて、人事組織を整備し、監査法人監査を受ける(レイター期)。

⑥会社を成長軌道に乗せて上場準備を行ない、上場(IPO期)。

⑦上場後のさらなる発展により、新産業フロンティア領域にエコシステムを創造する(VCとしては、そこまで発展を確認して長期のプロジェクトを終了としたい)。

 簡単に説明したが、それぞれの段階に2年ぐらいかかるから、ざっと10年、資本を調達しての試行錯誤が続く。それぞれの段階で、それぞれの失敗と困難克服の七転八倒がある。こう見てくると、スタートアップ支援の開始から売却終了まで、キャピタリストとしては、順調に行かなかったことまで考えると、10年から20年くらいかかると考えるべきだ。気が遠くなる作業である。
  

訴訟対応が大変だ!

 事業の経営には、他者との契約、つまり訴訟の危険がつきものだ。実例を挙げよう。02年4月設立の東京工業大学発バイオベンチャーがジェノメンブレンだ。11年、事業の拡大に伴い製造原価の引き下げを目的に、製造委託契約をある中国企業T社にしたが、当初から契約に納品や発注量の点で問題があり、修正する前提で双方が準備作業を開始した。12年から13年にかけて製造委託のための試験製造を継続した。しかし製造委託の大前提である品質の高い安定的な製品がどうしてもできなかった。そうしているうち、T社は財務状態が悪くなり、14年に破たん状態となった。そのT社が、17年投資先のせいだとして訴訟し、19年10月現在、裁判中となっている。相手はいろいろ言ってくるし、裁判の結果は分からない。裁判において、過去8年前の状態から資料を振り返って記憶を呼び覚ましながら、訴訟への対応をするのは、とても大変な経験である。

 その他、ベンチャーキャピタリストが巻き込まれそうな訴訟はいくらでも想定できる。そもそもこの仕事は、危険が大きく、必ず成功して出資者に投資資金を成果としてお返しできるとは限らない。成功すると期待していたスタートアップが、突然上場出来なくなるケースもある。上場出来ないと回収が困難になる。投資回収が出来ないと出資者もイライラしてくれば、投資組合の運用がVCの仕事だから、出資者から訴えられることもあり得るだろう。

 VCは通常運用期間が10年+延長2年(組合員が同意すればさらに延長)となっており、しかも10年間危機が続いて、13年で上場するIPSのケースもある。うまく行くと思っていたものが、超長期に渡って回収できない場合もある。その場合、超長期の10年を超える訴訟のリスクがある仕事なのである。

長期の訴訟に備える

 まず何より重要なことは、株主および役員幹部が常に事業の本質を深く理解し、誠実に最善の経営努力を続けていることである。

 事業の本質:「集めた資本(人と資金のストック)を投入することで、顧客に、付加価値のある商品サービスを、健全な供給体制のもと、低コストで健全な価格でお届けして、顧客を幸せにすることで利益を得、資本の回収を図る」

 それこそが社会正義である。正しい努力を誠実に行っていて、何も恐れることはない。DeNA創業者の南場智子さんがよく言う、誰か人とか自分とかではなく、「コトに向かう力」で、別々の想いを持った個性あるスタッフが、何よりも共通の目標に向かって努力し合うことだ。
 
 ただ、誠実に一生懸命挑戦していても、他人が訴訟してくるのは、相手の自由だ。仮に正しい事やいわれの無いことで訴訟されたときに、反論できないのではどうしようもない。そこで重要になってくるのが、過去の記録である。つまり、超長期に渡って活動の記録をとり、記録を残すことが非常に重要だと言うことだ。
 
 このことから超長期に渡る活動の記録をとっておくことが、自由闊達な事業のスタートアップ活動、VC投資の超長期活動にとって不可欠であると言える。これは、10年を超す超長期の注意点であるため、意識して準備しないといけない。一般的に会社法などによる5年7年10年の法定保管記録年数などと比べても、超えているため注意が必要だ。
  
経営活動記録の重要性

 そもそも、人間の経済活動は、貨幣を用いて投入したストックに対して、設備と費用を投入し商品サービスで売上げて、どれだけの回収を生んだかを「勘定(A/Cアカウント)を、一貫して記録管理」することを大前提とする。財布の現金を、時間とともに管理することを想像すればいいだろう。投入したストックが、目標とするフローを成績として生み出せたかどうか、貨幣の尺度で一貫計測管理するのだ。勘定(A/C)が、時間とともに記録され、集計され、分析される。

①まず、どの勘定(A/C)を一貫管理するのか、勘定を設定すること。当初は、金庫か銀行預金口座一つだろうが、組織が複雑化するたびに、勘定を複数に増やして、一貫管理する。

②あらゆる商取引を、すべて勘定に時間順に反映させて記録すること。銀行預金通帳には、時間順に記録されるから、会計ソフトを入れるまでは、通帳の記帳が重宝する。

③勘定を、ある時刻(例えば店舗閉店時とか、月末など)でバサッと切ってみて、ストックの残高を集計して管理する方法(貸借対象表)。

④ある期間(例えば1か月など)の設備投資・費用と売上による資金の出入りをフローで観察する方法(損益・キャッシュフロー計算書)。

⑤期初のストックから、ある期間で、期末に向かって、どれだけのフロー(利益等)を産み出せたか業績アウトプットを分析すること。

 以上、財務の勘定の記帳方式として、複式簿記方式と言う財務記録の方法がある。これらは、株主総会用の決算書の作成と、税務申告の大前提となるから、株式会社やあらゆる経済的な組織には、共通して必要な情報管理である。また、情報を、ある決めた時刻のストック残高を集計する方法と、ある期間のフローを集計する方法があることは、財務以外の情報を整理する時にも使える考え方である。観察時点において、ストック情報と、フロー情報を、更新可能で見やすい一覧表に表現すると、誰にとっても分かりやすい。

財務以外の経営記録の保存

 会計以外に、以下のような情報の一貫した継続管理が重要だ。

 定款や登記、役員株式、届出許認可などの情報

 人事情報(採用、研修、退職、給与改定、社会保険、トラブル)

 商品サービス開発・価格・市場投入情報

 顧客動向情報(重要顧客ABC分析)

 クレーム、訴訟対応情報

 競合・市場環境情報(SWOT等)

 固定資産及びその契約情報

 特許商標ドメイン等知財情報

 重要契約情報(更新情報)

 資金繰り、与信管理情報

 調達ファイナンス(株・社債・借入など)情報

 仕入れ・外注取引情報

 組織の情報、子会社関係会社、提携先情報

 規則改訂情報

 税務確定申告作成情報、顧問情報

 それ以外にも、事業計画更新情報、ミーティング議事録の履歴、カレンダー情報、メールの送受信録、WEB改訂など、時間順に一貫して管理すべき重要な情報は、会社経営にはまだまだある。

 いずれのテーマも、ある時刻のストックを集計する方法と、ある期間のフローを集計し一覧表にして観察する方法という方法論が適用できるのは、情報を整理する場合のヒントである。

まずは会議の報告事項を充実させる

 会議には意思決定すべき決議事項と、報告事項がある。特にある時刻のストック情報と、ある期間のフロー情報を集計した結果を一覧表にして、月次の経営会議や取締役会で、定期的に整理し直し報告することは、会社を発展させるために有効で重要な経営活動となる。そのためにも、取締役会の報告資料の項目をどう設計するか、そしてどう一貫して継続記録方法を確立するかは、重要だと考える。

 月次のストックとフローの財務データ(月次試算表)の承認と予算管理だけという取締役会も実際多いが、様々なテーマで、ストックとフロー情報を報告するように習慣づければ、会社の管理レベルを上げていくことが出来る。取締役会の報告内容が充実すれば、様々な会社の課題も自然と立体的に浮き彫りになり、対応に向かって取締役会が活発になってくる。
 
 ただ、毎月の取締役会で資料作成に負荷がかかりすぎるのも考えものではある。現場活動と、取締役会への報告と、バランスが必要だろう。そこでITという道具を使って何とかならないかと思うのだ。

ITクラウドで経営をアーカイブ化・AI化

 一方で、クラウドの力を借りれば、仕事をすればするほど、経営情報の履歴が継続記録され、自動的にアーカイブ化されて、自動的に報告書が出来るのではと思ったりする。将来の訴訟への対応を考えると、超長期的に検索可能になっていれば良いわけだ。スタートアップの経営情報が一貫して継続記録できるなら、投資をしているVCの投資事業組合側の投資先ポートフォリオ情報管理も、クラウド環境を使って、もう少しスマートに自動化できないものかと思う。

 一方で、青少年向けの起業体験プログラムの体験記の残し方として、成功した方法がある。それは、夏休みの絵日記のように、あるいはスキャンダラスなタイトルがカラフルに絶叫調で目立つ、スポーツ新聞の紙面のように、スタートアップが現場体験したとんでもない喜怒哀楽を「起業体験新聞」に描かせると、面白い記録が描ける。

 いずれにしても、スタートアップ経営を、超長期に記録するプロジェクトは、ベンチャーにとってもベンチャーキャピタルにとっても重要だ。興味のある文化財保存やデータ記録の専門家がいたら、ぜひ、うちの事務所でシステム化を手伝ってもらえないだろうか?


(企業家倶楽部2019年12月号掲載)

村口和孝 《むらぐち かずたか》

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表

 1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、PTP、モーデック、IPS、グラフ、電脳交通等がある。


 

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