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Vol.74【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

新型コロナとの闘いに学ぶ3 会社オフィスの未来を考える

(企業家倶楽部2020年10月号掲載)

2020年夏 8月新型コロナ前線

 2020年8月になった現在、7月は東京新宿歌舞伎町のクラスターが注目されたが、それが夜の若者の街経済を媒介としてか、今や全国に拡大した。未だに重症者数、死者数が多くないことがせめてもの救いである。いつ重症者向けの治療にボトルネックが生じる医療崩壊の危機に直面するか、予断を許さない状況が継続している。

 現在は、以前の「外出自粛」を連呼してみんなが巣ごもりする異常事態から、経済とコロナと共生するウィズコロナが言われ、「経済活動をしつつコロナ対策もしつつ」、これをいかにバランスさせるかが問題だ、と工夫を求められている新しい局面に移っている。東京など大都市のサラリーマンは、多くがリモートワークに切り替わり、6月に開催される多くの株主総会も「できれば出席を自粛してください」と言う異例の総会だった。また7月の梅雨は、線状降水帯の連続出現で熊本などに、集中豪雨による大規模水害が起こり、災害と感染防止をいかに両立するか、という新たな課題にも直面することとなった。

 世界では、仕事の再開を求める人々からの要請で、多くの国が飲食業をはじめとして経済活動を再開した。その結果、抑制されてきた感染者数が、再度激増して事業の再開をさらに中断を余儀なくされる国や地域も散見される。結局、有効なワクチン開発が進み、投入されるまでは、感染者数と経済状態を両にらみしながら、医療崩壊しないように現実対応するしかない、と言ったところだろう。(私見だが、コロナ禍で、三密になりがちな各国の軍隊を休ませる訳にいかないというニュースにし辛い事情もあるだろうと思う。) 相変わらず政府の対応は、現場の人々の努力とは裏腹に、組織のルール順守が前提のために、あちこちでいわゆる「官僚組織の不効率」を生んでおり、とても効率的と褒められないが、一応日本では感染者数が増加している割には、重傷者数と死亡者数の絶対数が抑えられているように見えるのが不幸中の幸いである。

アフターコロナの世界

 世界のオフィスITシステム化の歴史はそんなに長くない。表計算ソフトが普及したのが1990 年後半(Lotus1 2 3)で、Windows、インターネットが普及したのが2000年くらいだったから、一般オフィスのIT化の歴史と言っても高々30年くらいの話である。基本的にそれまで紙でやっていた経理や人事の作業をPCに置き換えていった。銀行や証券会社も徐々にIT化していった。最近では消費のキャッシュレス化、交通ICカード、スマホの普及で、会社経営に関係するIT環境も30年で激変した。消費活動もEC化が進み、オンライン決済、生産のFAロボット化、クラウドSaaS化、コミュニケーションのSNS化、動画化が進んでいた。そのIT化が、コロナで大転換期を迎えているのかもしれない。

 一方で、日本の役所や、大企業組織の常識が追いついておらず、未だにファックスや、書類管理、押印作業のアナログな時間が大きな作業になっている。組織と言うガラパゴス島の中で朝から晩まで会議があり、何人もの社員が会議のためにデータを転記して集計し、資料を作っている。その押印をもらうため、物理的に朝、会社に出勤しなければならなかったりする。その巨大な矛盾、巨大な無駄が、今回のコロナ禍で、前世紀的なボトルネック問題として表面化したともいえる。デジタルトランスフォーメーション(DX)とも言われるが、ビジネスプレイヤーは抜本的な発想転換を迫られているのだ。

会社のオフィスとは何か?

 コロナ禍で、高密度の電車通勤や接触を避けるために、結果的に経済社会の大実験をしたのと同じ状況となり、オフィスに役職員(少なくとも管理部門)が行かなくてもほとんどの会社が存在し続けることが分かった。ここで大変革期は基本に戻れで、もう一度会社の意味を振り返ろう。

「会社とは、預金口座の勘定であり、契約の主体であって、意志を持った法的な事業主体である。会社は他と結んだ契約により義務と権利によって、仕入れと経費や人件費、設備の他者への支払いで資金が減り、また供給する商品サービスを提供する顧客への販売で資金が増加することで、当初の預金口座の資本が、途中では増減しながらも、長期的には勘定残高を増やすことである」

 つまり会社のオフィスとは、経営及び事業活動を行うための、役職員がコミュニケーションをし、モノを保管し(モノを扱う場合)、人が作業する場所だったわけだ。

コミュニケーションと意思決定

 IT通信革命がオフィスを変えた。ネットを活用したモニターとビデオカメラによるリモート会議が可能になったため、アナログな対面コミュニケーションが必ずしも必要でなくなった。ZoomやMeet、、Teamsなどによって、無料で世界中どこにいてもミーティングができる時代だ。会議資料もオンラインで共有できるし、コンテンツの共同編集、履歴管理すらできるようになった。

 それでも一般的に、社内の稟議など意思決定フローに伴う契約と押印作業が、社内のコンプライアンスの中で厳格にルール化されている。セキュリティーの要請のために、これまではPCの持ち出しすらほとんどの上場企業で禁止され、監査作業もこの厳格さが前提となっている。ところが、今回のコロナ禍でそんなこと言っていられなくなった。昭和以来の日本のIT進歩の30年の歴史の中で、日本のITはコンプライアンス(規則順守)とリスク回避のドグマに縛られて、組織のバカの壁を破れずに来た。ところが、契約と押印作業も、最近のIT環境を使えば、クラウドによる新しい内部統制のもと、組織の意思決定と承認もリモートで実現できる時代に、突然突入した。

世界は組織の厳格さより生産性

 ルールに基づく組織は、歴史上何のために、会社経営で採用されて来たのだろう?それは、大勢のスタッフが分業して、生産性高く働くためであって、逆ではない。組織があるから会社があるのではなく、会社が、組織を道具として採用してきたのである。会社を設立してみれば、誰でもその事実は容易に理解できる。定款と言う最初の契約による規則を制定して初めて会社は設立できるのだが、定款には、株主総会と会計の定めはあっても、事業オフィス組織の定めはない。会社の必要絶対要件ではないのである。

 最初会社はオフィス組織ではなく、血縁家族経営だった。それが、会計の発展と産業革命によって、そして労働者革命と、IT革命によって、事業オペレーション組織というものは、いつの間にか会社経営にとって、道具でなくて本質のように思われるようになって来たのだろう。高等教育を受け、有名大学を出て、大企業にサラリーマンとして就職することが人生の目標みたいになってしまった戦後日本の20世紀後半、組織人として出世することが人生のモデルと受け取られて来た。だから、どうしても日本の優等生は、組織を厳格に運用しルールを守ることが、生産性よりも重要だと思いがちだ。官僚もそうである。

 ところが、現代の世界は経済(医療も含む)の生産性のためにオフィス組織を道具として採用し、使っている。逆ではないのである。アメリカでも中国でも、技術を発展させ、組織を道具として開発して、経済(医療を含む)を発展させようと必死になって努力している。それが逆になると、不正防止のためにいつまでもファックスを集計で使う、日本の厚生労働省や保健所のようになる。それで果たして国民の健康が守れるのか?組織都合による保身のために「生産性と組織の主客転倒」が、今回のコロナ禍で明らかになった、日本の失敗の本質ではないだろうか。

 本の株価が低い理由 世界の株価は、時価総額(マーケットキャップ)で比較される。コロナ禍の中でニュースで話題となったが、20年、とうとうアメリカのGAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)の時価総額が、日本の東証一部上場企業全体の時価総額を超えてしまった。これをバブルと言う人もいる。しかし、日本の中にGAFAMのような、人類の活動を支えるITプラットフォーム事業を発展させている企業があるだろうか?残念ながら、ゼロだろう。

 IT発展の30年間で、半導体や電子部品、素材、カメラ、携帯、ロボットなどで世界に貢献してきた日本だが、最近どこかの企業が世界の経営にITプラットフォームとして貢献したという話は聞かない。現在、世界は軍事も含めて、ITプラットフォーム戦争を地球上で繰り広げていると言っても良いのではないか。20世紀は軍事力で国の覇権が決まっていたのだろうが、21世紀は株価と政府とビジネスと軍事との関係が、ますます密接になって来ているように思う。中国企業の中からは、巨大な人口を背景にITプラットフォーム企業が登場して、アメリカ政府から締め出しを食らっている。証券市場からも排除しようとしている。それくらい中国のITが発展してきていると言う証左でもある。我々日本のスタートアップに関係するVCサポーターのだらしがないからだ、と言われても仕様がない。世界貢献を夢見て、もっと壮大なヴィジョンを持とうではないか!

対面現金からキャッシュレスへ

 デジタルオフィスの次に今回のコロナ禍で明らかになったことの一つが、対面現金経済から、キャッシュレスネット経済への転換だ。そもそもIT革命の進展によって、コロナの感染を避けるためにも、スマホによるQRコードなどでネット決済が出来てしかるべきだ。ところが20年前に先進国だった日本は、昭和組織のまま順次有線からネット化し、後れを取った中国はスマホからいきなりネット化したものだから、キャッシュレス化は先を越されることになった。日本は現金信奉の国と言われ、世界中でこれ程駅前の各銀行ATMに人が行列を作って、高い振込手数料を払っている国は少ない。(異様に遅れているのは、先進国の中ではドイツもそうらしいから、財産を政府に捕捉されたくない第二次世界大戦の敗戦国特有の歴史的背景があるのかもしれない。)

 スタートアップ会社の経営管理も劇的に変化するだろう。まず、会社設立して銀行の法人口座を設ける。勘定データをリアルタイムでクラウド会計システムにAPIで直接結びつけ、意思決定プロセスを経て結んだ契約によってキャッシュフロー(部門別の費用と、顧客への売上と、設備、財務収支)の出入りがあり、月次決算を自動処理するようになりつつある。Etaxでオンライン税務申告すれば、本社機能が劇的にシンプル化できる。それが、いま進行しているアフターコロナのオフィスワークの姿だろう。最近のスタートアップが、ネット銀行の法人口座(部門別口座)や、freeeやマネーフォワードのクラウド会計システムを使用するところが多くなってきているのも、その時代変化の兆候だろう。近い将来、よりセキュアになった暗号通貨やブロックチェーンも、もう一度現実的な活躍の場が広がるかも知れない。

 アフターコロナのデジタルオフィス時代に、生活そのものや会社経営のオンライン化、さらにはAI化が進み、人間の仕事がなくなると言う人もいるが、産業は激変するのは確かだが、そうはならない。便利になったシステムは、組織であり道具であって、「人間と人間が互いに契約して分業しながら経済社会全体の生産性が向上し、人々の生活が豊かになること」が経済の目標であるという本質がいつの時代になっても変わることはない。会社を保有し、経営し、その産み出す商品サービスを消費するのは生身の人間である。未来に努力した人が生産者として豊かになるのである。新時代への対応のために、新しい教育が重要であることは、言うまでもない。


■著者略歴 
日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代表 村口和孝《むらぐち かずたか》1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。19年松田修一賞受賞。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、PTP、モーデック、IPS、グラフ、電脳交通等がある。

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