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Vol.77【日の丸キャピタリスト風雲録】日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合代表 村口和孝

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

企業家倶楽部アーカイブ

 新型コロナとの闘いに学ぶ6 クラブハウスが日本組織病を治す

(企業家倶楽部2021年3月号掲載)

新型コロナが「日本病」をあぶり出す

 年末年始の人の交流の影響か、変異ウイルス発生の影響か、前回第76回の記事の予想とは異なり、年明けは下火になるどころか、世界で感染が激増してしまった。各国は緊急事態に戻り、日本でも東京の感染者が二千人を超えるなどして、医療体制ひっ迫が叫ばれ、管政権は二回目の緊急事態宣言を発出した。
 ただ、2021年の緊急事態宣言は、昨年の前回と明らかに状況が異なる。まず、データが整備されて、毎日感染者の都道府県別のデータや重症者数が発表され、以前より事態の把握が容易となった。(ただし、台湾のようなスマホのアプリを使ったサービスは充実というには程遠い状況だ。)2番目は、新型コロナの医療現場の経験累積が、たちどころにネットで論文が世界で共有され、人類の診断と治療の知見が相当積みあがったと言うことだ。軽症者が重症化する過程に、医療現場が対処できるようになっている。
 3番目に、医薬業界による新型コロナ用の医薬品開発が進んでいること。さらに、ファイザーやアストラゼネカなどによるワクチン開発が進み、治験を経ていよいよ実用投入期を迎えている。前回はワクチンの見通しが立っていなかった。今回はすでに全世界でワクチンの接種が始まっており、イスラエルなど接種率が高いが、日本を除く先進国で接種が進み、世界でワクチン争奪戦と言う様相を呈している。4番目は、国民の感染拡大への対応力が進んだと言うことだ。今回緊急事態宣言発出して一週間も経って社会が対応すると、みるみる感染者数が減少に転じて来ている。
 2021年初の第3波の激増と感染者の減少は、強烈にライフサイエンスというものの発展を印象付けた。1年でここまで対応できるとは、人類はすごいな、と正直感服する。一方、特に日本政府やマスコミは、混乱のさなかだ。治療の自由なのか、責任義務なのか、私権と行政権の調整が、また地方と中央官庁の調整が出来ずに、右往左往しているように見える。発足したばかりの管政権の人気が低迷している。
 台湾の唐鳳(オードリー・タン)大臣の見事な緊急事態への対応と比較して、あまりに日本は昭和風で縦割りの官僚対応となっており、「日本病」という構造的課題が浮き彫りとなっている。森元首相の女性蔑視発言問題なども原因は同根だ。今後のデジタル庁やコロナ接種調整を担う河野太郎大臣の手腕に期待が集まっているが、コロナ禍のお陰で様々な社会の矛盾があぶり出され、否が応でも早急な改革を迫られていることは、よりよい未来のためには、大変良いことではないかと思う。

記録禁止のクラブハウスの急成長

 2021年1月23日日本でサービススタートした音声の「声だけSNS」のスタートアップであるクラブハウスが、突然ブレイクして急拡大した。言わば、私設のライブのラジオ番組が、自由に作れてワイワイガヤガヤ話が出来、また視聴が出来る。毎日様々な私設ラジオ放送がネット上に簡単に開設され、記録禁止の安心感もあり、多くの有名人が参加して人気となっている。
 最初はアーリーアダプターの若い起業家やベンチャーキャピタル業界関係者、ネットマーケティング、マスコミ関係が多かったが、招待制という制約がありながらも毎日急成長している。有名人が登場した部屋には、聴衆が殺到している。ツイッターとかフェイスブック登場の時よりも、急速に人気が高まっている感じだ。2月に入り拡大ペースが速まり、夜の10時ごろはあまりの人気集中で一時サーバーが落ちるほどである。(私もさっそく参加して、あちこちのチャンネルに顔を出し、スピーカーとして話させてもらった。)
 クラブハウスというサービスは、2020年2月に設立したアルファ・エクスプロレーション社によって、4月にカットオーバーされたサービスである。コロナ禍に向いたサービスとしてブレイクし、2020年5月にVCのアンドリーセン・ホロウィッツが1000万ドル投資した。なぜこの時期、ラジオ番組のSNSみたいなクラブハウス急ブレイクしたのか?

コロナ禍の閉塞感を破る

 クラブハウスのサービスに技術的には新しさはない。ラジオ放送のようだとも、ある時間ある周波数に合わせると仲間と話ができるCQ無線のようだとも言われる。画像もなく、ユーチューブのような動画もない。ネットを通じて音声で井戸端会議ができるSNSである。新しい技術でもないのに、急にブレイクするには、理由があるだろう。
 まず、コロナ禍によって多くの人が外出制限になって、リモートで閉じこもって生活をするようになった。そこで2020年一挙に広まったのがZOOM、MEET,TEAMSなどのオンライン会議アプリだった。一年間やってみて、ネットでここまで仕事が出来るのかと、確かにみんな驚いた。
 ところが、気が付いてみると、二つの閉塞感に襲われていたのだと思われる。つまり、一つは社会活動の断絶だ。自分の既に知っている人の延長線の世界としかコミュニケーションがないと言うことだ。コロナ禍の前の現実社会生活というものは、毎日の偶然の出会いがあって世界が広がるようになっている。新結合(イノベーション)が起きる自由な可能性の社会と言っても良い。それが、突然コロナ禍で、外出制限など狭く閉鎖的になってしまっていたと思われる。
 そこに全くの赤の他人とコミュニケーションする可能性があるクラブハウスが登場したという訳だ。「まるで立食パーティーの知らない人が多いテーブル」にあちこち自由に参加したみたいな気分だ。話したことのない本の著者や、有名人の話が聞けたりする。世界にはもっといろいろな人がいるんだ、という当たり前の事の再発見だ。気軽に他人と会話ができ、何よりテキストでは伝わらないニュアンスや反応が、実の会話で伝わるのが嬉しい。自分でテーブルを作って会話に参加しても良いし、傍聴者として聞いているだけでも良い。
 二つ目は、オンライン会議によって、人は実際に移動時間が節約された分便利になったのだが、一方マイナス面として、一日中物理的にPCやスマホのモニターの前に長時間張り付いて、目は疲れるし、肩は凝るしで、「オンライン会議疲れ」が深刻化した。そこに登場したのが、音だけのクラブハウスで、これならラジオ感覚で「ながら聞き」ができる。目が疲れない。女性なら化粧不要だし、トイレにも行け体が自由だ。

力量が伝わりやすい

 さらにプラス面として、音声だけというメディアの特徴だ。トラック運転手がラジオを聴きながら運転している状態だと思えばよい。普段ピッチコンテストなどは、パワポなどを使ってプレゼンする。クラブハウスには資料を共有しないので、目で相手を引き付けらえず、一生懸命声だけで説明しなければならない。声で説明するには、短い意味の塊(エレベーターピッチ)で説明しないと、長々とは聞いてもらえない。
 これは、聞き手にとってプレゼンテーターの言いたいことをまとめて整理してまとめて聞くことができ、コミュニケーションが簡略化されたような、不思議な効率性がある。質疑応答を何回かすると、話し手の力量を誤魔化せない。聞き手が資料を見られないだけ、パッションが(情熱)が必要だともいえ、訥々でも良いのだが、裸で体当たりでコミュニケーションするしかないのだ。
 そのほか、コロナによって、急速にネットにAIが普及したのは良いが、人々はコンテンツが本当かどうか見分けのつきにくくなったネットSNSというものが信じられなくなり、クラブハウスは音声だけという、よりオーガニックな人とのつながりに安心する傾向を表しているのかも知れない。
 コロナ禍の欠けていたものを補ってくれるSNSメディアとして、クラブハウスは大ヒットすることとなったのではないか、と思われる。しかも、TWITTERの時と同じように、日本人はそういうセミパブリックなメディアが好きである。他国よりも日本で、主催する経営陣の予想を超えてブレイクしたのだろう。応援した投資家VCであるアンドリーセン・ホロウィッツも、ブレイクに喜んでいるだろう。またしても、日本のスタートアップは海外勢に新しいフロンティア市場の一つを奪われたのかもしれない。

「偶然の新結合」が生まれる可能性

 クラブハウスを十日ばかり使ってみて、ビックリする発見があった。実は、私はあまりベンチャーキャピタルの同業者と、そんなに頻繁に仕事のことを話しするような機会が無かった。ライバルでもあるし、協力者でもあるが、下手すると守秘義務や忠実責任や利害関係が絡み、気楽に情報交換などできる状況にない職業の一つだろう。それが、毎日のように同業者同士の内輪話の中に入ることができ、お互いにどんなことで悩んでいるか、意図せず身近に、生の声で知ることが出来るではないか。
 まともにVCの最前線の悩みを取材しようとすれば、以前であれば、半年はあれこれインタビューして取材しなければこんな生々しい情報が手に入らなかっただろう。録音禁止で揮発的なコミュニケーションはあるが、不思議な超高効率な情報収集経験である。

コロナでパーティー
  現代日本が重篤な縦割り組織病「日本病」にかかっている。ここ15年くらい、日本はコンプライアンスとか個人情報とかにがんじがらめになり、「組織の人間が、迂闊に組織外の人とコミュニケーションしてはいけない」という時代に四苦八苦している。コミュニケーションを断絶した方が安全という、コロナでさらに酷くなったが、変に閉じこもった時代に突入していたのだ。つまり日本は、窮屈な、ある意味「日本人コミュニケーション冬の時代」なので、揮発性で法的問題の心配が少ない、組織を超えた雑談メディアであるクラブハウスは、日本を救うかもしれない。
 タコつぼに入って視野狭窄に陥っている日本人が、クラブハウスによって、組織を超えたノウハウの共有と、混合が行われるのかもしれない。シュンペーターは新結合(イノベーション)が産業発展のカギだと指摘した。クラブハウスは、日本社会の健全化、発展にとって劇的にプラスに作用するかもしれない。



■著者略歴 
日本テクノロジーベンチャーパートナーズ投資事業組合
代表 村口和孝《むらぐち かずたか》 
1958年徳島生まれ。慶應大学経済学部卒。84年ジャフコ入社。98年独立、日本初の独立個人投資事業有限責任投資事業組合設立。06年ふるさと納税提唱。07年慶應ビジネススクール非常勤講師。19年松田修一賞受賞。社会貢献活動で、青少年起業体験プログラムを、品川女子学院、JPX等で開催。投資先にDeNA、PTP、IPS、グラフ、電脳交通、APTO等がある。

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