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【核心インタビュー】

会社名や組織名・役職・内容につきましては、取材当時のものです。

編集長がゆく!

小さな進歩を頼りに個として覚醒せよ 前編

小さな進歩を頼りに個として覚醒せよ 前編

(企業家倶楽部2018年1・2月合併号掲載)
(聞き手:本誌編集長 徳永健一)

「丸源ラーメン」「焼肉きんぐ」などの郊外型レストランを、東海・関東エリアを中心展開し、業績を伸ばしている物語コーポレーション。「物語的大家族主義」「『個』の尊厳を『組織』尊厳より上位に置く」といった理想を掲げながら、11 期連続増収増益と躍進し続ける。特長の一つは、離職1桁台を維持していること。年間での退職者が全社員の40%を超えると言われる外食業界で、この数は驚異的だ。そんな同社の小林佳雄会長・CMO に人材育成の秘訣を聞いた。

個の価値を高めよ

問 御社はわずか数%という離職率の低さで注目されていますね。人づくりをする上での要諦は何ですか。

小林 第一に、弊社に入社する方は元から良い子たちばかりなのです。入社したいと思ってくれている多くの人から選抜しているに過ぎません。

 第二に、優秀な人が辞めないで会社に残ってくれています。社員が辞めないことは、多くの人が考えている以上にずっと重要なことです。それが価値を生まない業種もありますが、弊社では違う。長く在籍するだけでお客様の顔や好みを覚えられますし、部下と仲良くなることで本来の能力以上のリーダーシップを発揮できます。

 最後に、辞めないでいてくれる社員が育つ環境を作ることです。そのためには仲間がいながらも個として覚醒することを求めます。厳しいかもしれませんが、最終的に自分は一人だと思って自分の人生を歩まなければなりません。

問 大家族主義を掲げる御社で、一人であることを気付かせるとは逆説的ですね。

小林 仕事がチームプレイだと思って他人を頼りにし過ぎると、個のスキルを上げるモチベーションは生まれませんからね。例えば、店の売上げは周辺環境に左右されることでもありますし、何より店長以外の人は自分の仕事がどう売上げの変動に影響しているのか分からない。実際にはチームプレイである飲食業で個を意識させるのは難しいですが、必要なことです。

問 そのように考えるようになったきっかけを教えてください。

小林 私は大学卒業後、1年の留学を経てわずか10畳ほどの母の小料理屋を継ぎました。この頃の私は、自分が価値のある人間だとは思えませんでした。板前としての技量やスピードも、他の人に劣っていた。それでも仕事をするにつれ、出来なかったことが出来るようになる。得意なものが見つかって、駄目なばかりの自分ではないと思えました。

 板前という個人プレイの職は孤独で、誰からも認められなくても、上手くいかなくても逃げられません。だからこそ、自分の小さな進歩に気付いて、自分で自分を認めるしかなかったのです。私は社員に個人で生きる力を身に着け、生きている喜びを得てほしい。まさに自己実現の世界でしょう。仕事嫌いな私でもできたのですから、弊社の優秀な社員たちにも同じ道が辿れるはずです。

問 そこまで個であることを追い求められるのは、御社の温かい社風があるからこそですね。

小林 こうしたことを組織で達成するには、先に待遇や社風を作らなければいけません。要求するばかりでは辞めてしまいます。会社が社員のために何かをしてくれると、社員も分かってくれているのだと思います。

情報格差がヒエラルキーを生む

問 小林会長が自己肯定感が少なかったと仰ったのは意外でした。お母様のお店を継いだ時はどのようなことを考えられていましたか。

小林 店主の頃は、お願いだから社員に辞めないで欲しいということしか頭に無かったです。10坪の店で私と働き続けるとしたら、私のことが好きか嫌いかの話でしかない。仕事が出来ない私から褒められても嬉しくありませんからね。そして実際に、人は辞めていきました。

 当時は、「働かなくてもいいから好きと言って!」とさえ思っていました。でも、私が好きだと言ったから好かれるわけでもありません。相手に気に入られたいという理由で愛情を与えても、底が浅いからバレてしまうのです。そのようにおどおどと接していたら、ますます人が付いてこなくなり、結局はお客さんを喜ばせる方法や部下に教えるスキルを身に着けるしかないのだと気付きました。

問 そうした成功体験を積み重ねて今の小林会長があるのですね。

小林 大きな成功を手に入れなければ次のエネルギーが湧いてこないと思われている方もおりますが、そんなことはありません。小さな勝利の実感、小さな進歩で良いのです。仕事の大変な面や嫌なことばかりに目が行くかもしれませんが、とんでもなく進歩している自分に気付いていないだけなのです。

問 人事面で、業績が拡大してから決めたことはありますか。

小林 会社が大きくなっても従業員一人ひとりが「家族的だ」「暖かい」と感じられる会社を目指すことに変わりありません。その上で大切にしているのは、情報のボトルネックを無くすこと。トップである私と現場のアルバイト持つ情報は100%一緒であるべきだと考えています。

問 そうなると、組織が大きくなるほど手間がかかりますし、意思決定に時間がかかりますよね。

小林 分業分担はなるべく無くしたいと思っても、やらざるをえないのが現実です。だからこそ、せめて情報の差は無くしたい。私は中学生の頃から飲食業界の専門誌を読んでいましたし、情報は持っています。セミナーや勉強会にもたくさん通いました。しかし、私だけが多くのことを知っていても、知識を共有しきれず、頭でっかちな企業になってしまいます。そこで、セミナーにはあえて自分が行かず、役員に行ってもらうなど工夫するようにしました。

問 小林会長が情報量の格差にこだわる理由はなぜでしょうか。

小林 もし情報量が一緒ならば、出てくる答えに差が無いはずです。社長が朝令暮改をしたら、旧来の組織ならば不満が生じるでしょう。でもトップと同じことを知っていれば納得できる。納得できなかったとしても、朝令暮改をした理由を尋ねるのが社員の仕事です。一般的には黙って従うべきかもしれませんが、それを弊社では是としません。

問 いわゆる日本企業とは正反対ですね。思ったことがあれば開示する文化を徹底しています。

小林 ただ、開示が目的ではありません。開示すればもっと深い話ができる。多くの人がいれば、それぞれが異なる意思決定をするのが当たり前であるにもかかわらず、日本は結論を一つにしたがります。上席者が言ったことに賛同せねばならず、議論にならない。しかし、本来は深い議論の中でこそ開発が行われますし、それがクリエイティビティなはずです。

 上席者に対して自分の意見を控えることも気になります。和を重視するあまり、一人前になる意識が足りません。あえて遠まわしな表現をしたり、なぜ自分がそう考えるに至ったのか理由を明確に述べられなかったりする人が多くいます。せっかく色々なこと考えているのに、もったいないです。
(後編に続く)

P R O F I L E

小林佳雄 (こばやし・よしお)

1948年1月生まれ。愛知県出身。慶應義塾大学商学部卒業後、首都圏で洋食・フランス料理店等を展開するコックドール株式会社に入社。2年後、母が経営する株式会社げんじに入社。当時、低迷していた売上げを一気に伸ばし、1980 年、代表取締役社長に就任。1997 年に株式会社げんじを現在の株式会社物語コーポレーションに社名変更。「焼肉きんぐ」「丸源ラーメン」などを全国展開している。第18 回企業家賞受賞。


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